相討ち
ぎぃん、と硬質な音が空気を震わせた。金属と金属がぶつかり軋むときに特有の、その重い響きが長く尾を引いて消える前に、また違う異質な音が不意に混ざる。ざくり、と固いものを抉るようなそれの元を辿ると、吹き飛んだ細剣が深々と地に突き刺さっていた。その衝撃たるや、推して知るべし。
「……くっ」
剣を失ったリチャードが膝をついたのと、
「は、ぁ……」
防御の構えを解いたソフィが崩れ落ちたのは、殆ど同時だった。そして、
「そこまで!」
立会人のアスベルの声が高らかに響く。
「良い勝負だったな、二人とも」
親友の心からの賛辞にも、当事者達からの返事はない。どちらもはあはあと荒く息をつくのが精一杯で、まだ喋れるだけの余裕がないからだ。ひとまず彼は飛ばされた剣を回収に向かい、引き抜いてまた座り込んでいる彼らの元へと戻る。
「リチャード、これ。受け取れるか?」
「ああ、ありがとう……。なんとか、ね」
差し出された柄を握る手は、常になく固い動きで反応が鈍い。剣をはね飛ばすほどの力がかかったのだ、まだ痺れていても不思議はなかった。
「僕の完敗だな。おめでとうソフィ、これで今夜のメニューはカニタマだ」
「えっ、これってそういう勝負だったのか?」
「あれ、言っていなかったっけ?」
そんなことを言いながら、やっと剣を鞘に収めたリチャードが立ち上がる。その足下はまだふらついていて、倒れそうになるのを見かねたアスベルが慌てて手を出してどうにか支えた。ありがとうと答えて苦笑したリチャードは、未だ座り込んだままのソフィを見ておや、と小首を傾げる。
「ソフィ? どうかしたのかい?」
つられてアスベルもそちらに視線を送り、二人が見つめるその中で、ふう、とソフィが溜息をつく。けれどそれから顔を上げた彼女は、なんとも晴れやかな笑顔だった。
「リチャードの負けじゃないよ。負けたのはわたし」
「どうしてだい? 僕は武器を失くしてしまったんだから、これ以上戦うことは出来ないよ」
「でも、リチャードはまだ煇術も使えるでしょう。わたしはもうだめなの」
だって腰が抜けちゃったの、と。言うソフィは恥ずかしそうに微笑んで、だから立てないのと続けてまた笑った。光子を用いた格闘術が戦闘の基本スタイルである彼女は、立ち上がれもしないのでは確かに分が悪い。
「じゃあ、今ので相討ちだね」
僕ももう煇術まで使うほどの気力はないんだ。リチャードのその言葉は決して嘘ではなく、今もアスベルの手を借りねばまたすぐにしゃがみ込んでしまいそうだった。命懸けでこそないものの、持てる力の全てを出し切った勝負はそれだけ白熱して激しかったのだ。
「引き分けなの?」
「うん。引き分けだね」
「そっか」
戦い終えた二人はそれで納得しているようだったが、差し当たって残る問題がひとつ。
「なあ、それじゃあ今夜のメニューはどうするんだ?」
横から口を挟んだアスベルの問いに、二人が揃って『あ』と声を上げる。どうしようと言わんばかりに、しばし見つめ合って目と目での会話が続いた。そして。
「……両方!」
「ああ、それがいいね。二人とも頑張ったんだものね」
「うん、だから両方。ねっ」
結論は出た。ふわふわと和やかな空気を周囲に撒きながら、笑う二人を見るアスベルは。
「……いいのか? それで……」
今ひとつ釈然としないながらも、何も言えずただ目を瞬くのみ。
- 2011/06/13