雨に濡れる
「濡れちゃったね」
「そうだね。寒くないかい?」
「大丈夫、平気……くしゅっ」
「うん、やっぱり寒そうだね」
適当な店の軒先を借り、雨宿りしながらそんな会話を交わす。先ほどまで綺麗に晴れていた空は、今はかなりの土砂降りになっていた。当分、止みそうな気配はない。
「参ったな。宿まで結構な距離があるけど……」
まさか雨が降るとは思わなかったから、二人とも傘の持ち合わせはなかった。仲間達の待つ宿まで帰らねばならないのに、これでは動けそうにない。どうしようかと呟いて、リチャードは濃い鉛色の雨空を見上げた。
「ずっとこうしていても仕方ないだろうね」
ここに来るまでにもう、随分濡れてしまっていた。止むまで待っていてはきっと風邪を引いてしまうし、もしかしたら夜までずっと止まないかもしれない。どうせもう濡れているのなら、もうちょっと濡れたところで大して変わりはしないだろう。
「また濡れてしまうけど、傘なしで頑張って帰ろうか」
「そうだね。それがいいと思う」
幸い、濡れて困るような荷物や貴重品もない。服は脱いで乾かせばいいし、体や髪は拭けば済む。お互いに視線を交わして頷いて、どちらからともなく手を出した。その手をしっかりと繋いで握り合い、なんとなく笑って同時に一歩踏み出す。
「走るよ!」
「うんっ」
全力疾走、とまでは言わないけれど結構な勢いで、降り注ぐ雨の中を駆け抜ける。元々湿っていた服と髪が、すぐに水を吸って飽和し軌跡のように滴を振りまいた。きっと帰り着く頃には二人とも、びしょびしょの濡れ鼠になっていることだろう。知らぬ間に幾分息が上がり、しかしその息遣いも雨音にかき消されて二人だけにしか届かない。
雨脚は相変わらず激しく、悠長に会話などしている余裕はなかった。代わりに握った手にきゅっと力を込める。どちらが先かなど関係なく、片方が握ればまた握り返された。濡れて冷えていく体に反して、そこだけはとても温かい。
石畳に出来た水溜まりを踏み越える度、いくつもの飛沫がきらきらと跳ねた。見覚えのある路地を通って角を曲がる。目指す宿はもう、すぐそこだ。
- 2011/06/13