おそろい
ある日の午後、お茶の時間を過ぎて少しばかり日が傾き出した頃。場所はバロニア城内の最奥にある、国王専用の執務室にて。
「……陛下。それは一体、どうなさったのです……?」
型通りの挨拶を如才なくこなし、室内へと足を踏み入れた男は、その光景を一目見るなり呆然として目を瞠った。そこにいるのはただひとり、彼の仕えるべき主にしてこの国の王である青年だけで、穏やかな表情で微笑むその姿にはなんの異常も認められない。そう、たったひとつ――太陽を思わせる鮮やかな金色の髪が、高々と結い上げられていること以外は。
「やはり僕には似合わないかな?」
「は、いえ……その、そんなことは」
「ふふ、無理しなくていいよ。僕も自分が可愛いとは思っていないから」
後ろ髪を中央で左右に分けて、それぞれを耳より高い位置でまとめてリボンで結ぶ。所謂ツインテールと呼ばれる髪型で、青年の男性にしては長めの髪はそれをするに十分な長さがあるけれど、どう考えても相応しいとは言えなかった。第一それは年齢云々に関わらず、まず男性全般に似合うものではない。
「不格好なのは承知しているけど、今日だけは我慢してもらえるかな」
寝るまで外さないと約束してしまったんだ。そう言って嬉しげに笑う青年は、机上に飾られた一輪挿しを見つめていた。華奢な薄硝子のその中には、美しく開いた薄紫の花がある。クロソフィの花だ。花には疎い男がいつのまにか名を覚えてしまうくらい、このところ目にすることの多い花。つい先ほどまでこの部屋を訪れていて、若き国王と共にお茶を楽しんでいたはずの少女と同じ名前を持つ花でもある。
「おそろい、なんだそうだよ。可愛いよね」
その髪型をではなく、そう言ったのだろう少女を指しての言であることはわざわざ聞かずとも窺い知れた。王が友人、或いは仲間と呼び心許している者達の中でも、取り分け彼女には甘いことは男もよくよく承知している。
「さ、左様でございますか……」
幸い、今日はもう来客の予定はなかった。残る公務は書類相手のものばかりで、この部屋の内だけで全て事足りる。ここに出入りするのは彼以外になく、他にこの姿を見る者といえば、警護の兵や部屋付きのメイド達くらいのものだろう。従って強硬に反対する理由もなく、男は曖昧に頷くより他なかった。
すまないね、と笑った王が小さく首を傾げてみせる。それはかの少女がよくする仕草にどこか似ていて、同じように結われた髪がぴょこんと跳ねた。
- 2011/05/14