Parfait du miel
「ゼロス、ちょっとそれ取っとくれ」
そう呼ばれて傍らの書類に手を伸ばし、はいよ、とすぐに手渡した。ありがとうと気安く言った彼女は書面に目を落とし、その内容を見ながらそういえばと口を開いて喋り始める。
「今日行きがけに通ったんだけどさ、大通りに新しい店ができてたね。なんかついこないだできたばっかりなんだって?」
「あー、あの店な。フルーツパフェが美味いらしいって早速評判になってるぜ」
「へぇ、いいねぇ。パフェかあ……。まだ暑いしちょっと食べてみたいかも」
「いいんでねーの? この仕事片づけたら今日の三時に……とか。どーよ」
「え、連れてってくれるのかい!?」
瞬間きらきらと目を輝かせ、一気にテンションの上がるのが見て取れた。単純というかなんというか、たかがパフェひとつでここまで喜べるなんて可愛らしいものだ。だがそんな年齢不相応な幼さや、本人は頑なに認めようとしない少女らしさもひっくるめて彼女を愛しているわけだから、むしろそんな姿も愛おしかった。意識せずともつい口元が緩み、それを取り繕おうとして結局苦笑に紛らわす。
「ま、俺さまたち今は彼氏彼女ってやつだし? 可愛い彼女のおねだりならどこへでもお連れしますとも」
冗談めかして言ってやると、途端顔を真っ赤にしてばかと罵られた。だがいつものことだから気にもせず、はいはい馬鹿ですよとへらへら笑う。光の速さで平手が飛んできたが、それも予想の上だった。さっと避けて一撃をかわし、逆にその手首をしっかりと掴んでやる。
「つーかまえた」
にや、と今度は隠さずに笑みを浮かべた。驚きで完全に放心しているしいなの腕を、そこそこの強引さでぐっと引き寄せる。予想した通り、なんの抵抗もなくあっさりと、彼女は俺さまの腕の中に収まった。
「え、あっ」
今更慌ててももう遅い。暴れられる前にさっと顎を捕まえ、逆の手は腰に回してばっちりホールド。そして否も応も言わせずに、噛みつくように唇を塞いだ。んん、と何やら唸られたけれど、そんなことはさしたる問題ではない。
「……ん、ぅ、んーっ!」
ほらそうやって暴れるのが命取り。固く閉じていようとしても、藻掻くうちにどうしても隙は生まれるものだ。そうしてできた隙間から、舌をこじ入れて歯列を開かせた。一度侵入を許してしまえば、後はもう攻略は難しくない。
「ふ、……っ!!」
絡ませて強く吸った舌は熱く、ほんの僅かだけダージリンの香りがした。さっき飲み干したばかりの紅茶の香り。俺さまも同じものを一緒に飲んだから、ということはきっと彼女の方も、その香りを共有しているのかもしれない。二度美味しい、とはこのことだろうか。
「んぅ、う、く……ぅ、」
遠慮なく蹂躙するうちに、抵抗が弱々しくなってきた。それは俺さまの素晴らしきテクニックに着々と籠絡されつつあるから――というのも勿論あるのだが、実は多分それだけではない。ごくごくシンプルで単純な話、彼女はキスが下手なのだ。
下手、というのには語弊があるかもしれない。キスそのものは可もなく不可もなく、彼女の経験値を考えれば別におかしくもない。こうやって日々地道に教え込んでいるので、いずれそれに見合った上達はみられるだろう。では何が下手なのかというと、そう、息継ぎが全然ダメ。
「う、ぅー……」
きゅっと固く両目を瞑り、頬を真っ赤に染めた可憐な姿を薄目で覗く。だいぶ力が抜けてきてはいたが、縋るように上着を握る両の手が、くいくいと引かれ何かを訴えていた。
「ん……」
見られているのを感じたのだろうか、彼女の目がうっすらと開かれた。苦しげに眉を寄せ瞳を潤ませて、じっと見つめてくる枯茶が愛しい。
“苦しい?”
視線だけでそう問いかける。ゆっくりと一度瞬きが返され、イエス、の意が簡潔に示された。ねだるような、甘えるような、そんな色をした瞳を暫し楽しむ。
早く、というようにきゅっと上着が強く引かれた。そんな可愛らしい催促にあっては、あまり意地悪もしていられない。
「――ぅ、はぁっ……!」
ちゅ、とわざと大きな音を立てて、塞いでいた唇を離してやった。慌ててはあはあと荒く息を吸い継ぐのを、間近で眺めつつ指先で項を辿る。ぴくん、と敏感に反応するくせに、それを隠そうとでもいうのだろうか、彼女は何事もなかったような態度を取った。……まったく、どこまで可愛いことをしてくれるのやら。
「練習させよーと思ったのにな」
「な、一体何を……っ!」
「何をって、そりゃーねえ?」
言わなくても大体わかってるでしょーよ。
囁いてくすりと笑ってやったら、既に十分に赤かった彼女の頬が、更に鮮やかに色づいた。
- 2011/09/03