お星さまにお願い

「晴れてよかったなー」
「そうだね、ちょうどよくすっきり晴れてくれたねぇ」
 昼過ぎに降り出した激しい雨は、ほんの一時間ばかりで足早に立ち去って行ってしまった。その後に残ったのは、朝からの曇天が嘘のように気持ちよく晴れた青い空。やがて日が暮れかかり沈んでからも、そこに雨雲の戻ってくる気配はない。
「ほら、あんたも出しな。短冊」
 その目の前に手を出して、早く寄越せと催促する。普段あたしが使う符にもよく似たその紙は、色とりどりの和紙をただ細長く切っただけのもの。慣れない紙に慣れない筆で、彼がそれを書くのには随分と苦労していたようだ。
「はい、どーぞ。あ、一番てっぺんに飾ってちょーだいね」
「あんたねぇ。高いから偉いとかってもんじゃないんだよ?」
 まるで子供みたいな要望に呆れつつ、微笑ましくも思えて苦笑した。それでもいいのと更に主張され、はいはいと答えて精一杯高い枝へと背伸びする。
「……あれ?」
 伸ばした手の中の短冊を、見るともなくふと目をやったら。そこに書かれていた『願い事』が――あまりにも、意外な内容で驚いた。
「なーによ、しいな。俺さまのお願いに不満でもあるのー?」
 多分予想通りの反応だったのだろう、こちらを見る彼はにやにやと楽しげに笑っている。からかわれている感じはしなかったから、別に悪い印象は受けなかった。ただなんとも不思議な気分になって、ぱちくりと目を瞬かせる。
「いや、ほら……なんか、ちょっと意外だったから」
 そう、あまりにも意外だった。だって彼が、いやそれなりに真面目なところもしっかりしたところもあると知ってはいるけれど、でもやっぱり日頃軽薄に振る舞ってばかりいるこの男が、そんな真っ当なことを書くだなんて。
「『世界が早く平和になりますように』。どっから見てもケチのつけよーのない、いい願いでしょー?」
「だからそれは、そりゃ確かにそうなんだけどさ……」
 口籠もりつつもとりあえず、早く結ぼうとまた背伸びする。手の届く限りの一番上にと、爪先立ちで枝を探ったら。
「あ」
 不意に横合いから伸びてきた手が、ひょいと短冊を取り上げた。そしてそのまま、呆気にとられているうちに、さくさくと紐を結びつける。
「よし上出来」
 うんうんと無駄に頷いている男と短冊とを、交互に見比べて暫し沈黙。短冊はあたしが精一杯背伸びしていた場所よりも、優に掌ひとつ分くらいは高い位置にある。こいつの方が背が高いのだから、まあ当然のことではあるのだが。
「しいなー」
「……な、なんだい」
 嬉しそう、というよりは妙に上機嫌な様子で名を呼ばれ、若干身構えながら返事をした。しかし相手の方は全く意にも介さぬ風で、にこにこと機嫌良く笑っている。
「早く叶うといいよな」
「う、うん……そうだね」
「そしたらきっと、俺さまたちのオシゴトも落ち着くだろうしー。デートの時間も増えるよなっ」
「そうだねぇ、少しは……って、えぇっ!?」
 つい素直に相槌を打ちかけて、ふと気づく。多分それは間違ってはいない予想なのだけど、でもなんだか文面からはかなりずれているような気もするけど。ただそれが、彼の本当の願いだというなら、それはやっぱり。
「……え、と」
 ちょっと嬉しいかも、なんて。
 素直には絶対言えないけれど、少しだけ胸が高鳴った。
「しいなは何をお願いしたのー?」
「い、言わないよっ! こういうのはあんまり見せびらかすもんじゃないんだよ!」
「えー、いいじゃんか。俺さまのは見たくせにー」
「それは不可抗力だろ!?」
 ずるいずるいと食い下がる相手に、煩いと怒鳴って身を翻した。とりあえずこの場は逃げ出して、あたしのは後でこっそり吊しに来ようと。当然追いかけられたけれど、捕まるわけには絶対いかない。

 懐にしまったままの短冊に、綴って掛けたねがいごと。
 まさかあんたのと同じだなんて、知られたら恥ずかしくて死んでしまうもの。

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