専用ラッピング

「はいこれ、しいなにあげる」
 妙に機嫌のよさそうな笑顔で、ぽんと渡されたのは両手に余るほどの大きな箱。綺麗に包装されてリボンもかけられているそれは、メルトキオの有名ブティックのロゴマークがついている。となれば、箱のサイズからいっても中身の予想は難しくない。
「……なんで?」
 中を開けるまでもなく、どうみても高そうなものだし何より突然こんなものをもらう理由がない。今日は誕生日でもなければ何かの記念日でもないし、特に贈り物をしあうような行事でもない。
「なんでって、理由がなきゃプレゼントしちゃいけねーの?」
「いや、そういうわけじゃないけど……」
「でしょー? だったら深く考えず、素直にありがたく受け取ってちょーだい」
 一体何が嬉しいのやら、満面の笑みで得意げに言われて、首を傾げつつもひとまず受け取ることにした。どんな下心があるのかはともかく、贈られたこと自体はやっぱりそれなりに嬉しかったし。
「開けてもいいのかい?」
 幸いここは、ワイルダー邸内のゼロスの私室。箱を広げられるだけのスペースは十分にあるし、彼の方でも贈ったからにはそれへの反応を見たかろう。
「どーぞどーぞ、しいなの為に選んだもんだし。んで気に入ったなら着て見せてくれたりしちゃったらもう、俺さまちょー感激よー」
 下がりまくった目尻が全くもって様にならない緩んだ顔で、ぺらぺらと喋るその後頭部をぺちんとはたく。さほどの力も入れていないから、はたかれた方もあたっ、と軽い一言を漏らすのみ。
 しゅるりと音を立てリボンを解き、次いで包装紙を剥がす。落ち着いた色合いの厚手の紙は、触れ合う度がさがさと騒がしい。そうしてやっと出てきた箱を、ぱかりと開けてみればやはり、そこに予想通りのものがあった。繊細な薄手の生地で作られた、軽い風合いのワンピース。
「綺麗な色だね」
 春だからだろうか、冬の間よく目にした濃色ではなく、華やかに明るい紫苑色。同じ淡色でも黄や桃色を持ってこない辺りが、好みを理解しているなあと感心する。
「だろー? しいなはあんまり可愛すぎる色は嫌がるしなー、俺さまとしてはパステルピンクなんかもいいと思うんだけど」
「冗談じゃないよ! 差し色に使うなら綺麗だろうけど、全身ピンクになんかしたらいい笑いものだよ」
 普段着の帯にも使っている、鮮やかな桃色は嫌いじゃない。でもそれを主体にした衣装なんて、きっとあたしが着たら可愛らしすぎて似合わないに違いないから。
「それにしても……ちょっとこれ、胸開きすぎじゃないのかい?」
 箱から取り出して持ち上げてみて、その襟刳りの深さに思わずたじろぐ。日頃から割合露出している自覚はあるが、それにしたってこれはちょっとあんまりだ。
 更によくよく見れば、膝下丈のスカートの右側だけが絞られて、かなり際どい位置まで上がっている。下着が見えるほどではないが、この格好で外を歩くのはできれば遠慮願いたい。
「……このエロ神子」
 意識して眦を吊り上げる。気恥ずかしさに負けていては、この馬鹿にお灸は据えられない。
「えー、いいじゃねーのこれくらい。ナイスボデーのしいなだからこそ着られんのよ?」
「何がこれくらいだっ、こんなもん着てちゃ街中を歩けやしないだろ!」
 調子のいいことを言うゼロスに、いざ鉄拳制裁をと握った拳を逆に取られる。まーまーそう怒りなさんなと、にやついて宥めにかかるのをやっぱり殴ろうとしかけたら。
「だってコレ、着せる為に買ったんじゃねーもん」
「……はい?」
 意外な言葉に、つい殴るのを止めて聞き返す。だって服なんて着る為でないならば、こんなもの他にどう使うのか。吊して眺めておくだけなんて勿体ないし、見るだけならば買う必要だってないだろうに。
「これはねー、俺さまの部屋だけで着ればいいの。だから街中歩く必要はないの」
「着せる為じゃないって言ったくせに、ここで着ればいいなんてどういうことだい」
 やっぱり意味がわからない。この部屋だけで着るなんて、こんな高そうな服を部屋着にでもしろということなのか。大体あたしはここの住人というわけじゃないのだから、わざわざ着替えるのだって面倒な話だ。
「あれ、しいな知らないの?」
 納得いかないと考え込んでいるあたしを前に、面白そうににやつくゼロス。なんとなく嫌な予感がした。
「男が女に服を贈るのは、着せる為じゃなく脱がせる為だったりするんだぜ?」
 ああやっぱり、こういう予感は当たるもの。
 考える間にもさっさと逃げ出せばよかったと、気づいた時にはもう遅く。身を乗り出したゼロスの腕が、あたしをソファへと縫い止めていた。

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