WORRYWART
あたしは符術士だから、使うのは式符と呼ばれる特殊な札だ。掌を広げたより少々長い程度のそれは、当然だが剣や斧と比べるとリーチにかなりの差が出てしまう。その代わり得物自体の軽さは随一なのだから、間合いの不利は身軽さとスピードでもって補わなければならないのだが。
「……くっ!」
油断した。敵の懐に飛び込んで攻撃後、飛び退って避けるつもりだった鉤爪が脇腹を掠める。ほんの一瞬遅れただけで、躱し損ねた一撃が予想以上に重かった。戦闘を続けるのには支障はない、ましてやすぐに倒れるほどでは全くないが、焼けつくような痛みは容赦なく集中力を奪って行く。急ぎ距離を取り直し、次の攻撃を防ぐべく身構えた。
「ヒールウィンド!」
だが。やってきたのは衝撃ではなく、周囲を柔らかく包み込む光と風。できたばかりの傷が見る間に塞がり、痛みを攫うと同時に磨り減った体力を回復していく。
「魔神双破斬! ……よーっし、終わり!」
下がったあたしをフォローするように、割って入ったロイドの一撃でとどめを刺された敵が倒れる。気がつけばこれが最後の一匹、どうやらこの戦闘は終わりのようだ。戦利品を確認するロイドたちを横目に、後方にいたゼロスの元へと足を進める。
「さっきはありがと。助かったよ」
一歩手前まで歩み寄り、気軽く礼の言葉を述べた。
「なーに、いいってことよ。これも俺さまの愛だし?」
「それは遠慮しとく」
予想通りの反応を笑って、いつも通りにさらりと流す。普段ならそれで済むはずが、今日は少しだけ違っていた。
「しっかしねぇ……。おまえ、すぐ前へ前へ出ようとする癖、もーちょっとどーにかならねーの?」
眉を片方跳ね上げて、何やら気に入らないとでも言いたげな表情。ついさっき助けてもらっておいてなんだけれど、しかしこちらとしても捨て置けないので反論する。
「癖ってなんだい? あたしだって前衛なんだよ、前に出るのは当然じゃないか」
「そりゃまーそーだけど。でもおまえはどっちかっつーと中衛寄りだろ? 馬鹿みたいに前線に出突っ張りじゃなくて、ヒットアンドアウェイってのを覚えた方がいーんじゃねーの?」
「馬鹿みたいとは失礼だね! 前線を支えるのが前衛の仕事なんだから、ロイド一人に任せっきりになんかできないだろ!」
気にしていることを指摘されて、つい語調が荒くなる。本当はそうした方がいいことくらいわかってる、でも暗に前衛失格と言われたようで頷けなかった。
「ロイド君一人って、俺さまの存在は丸無視ってワケ? さっきはたまたまリフィルさまのガードに回ってたけど、本来ならそっちがおまえの役目ってモンだろーが」
ほらまた。そりゃああたしはどちらかというと敵を倒すより補助がメインで、純粋な力も攻撃力も、男性陣には勿論だがプレセアにだって敵わない。コレットとならさほどの差はないのだろうけど、技の使い勝手まで含めると勝っているとは言い難い。力押しはできない、強力な一撃必殺の技もない、防御力だって高くはないから打たれ弱い、そんなこと自分が一番よく知ってる。
「……あたしじゃ前衛は務まらないって言いたいのかい」
足りない分は持ち前の素早さで挽回しているはずだったのに、そう言われてしまうのはやっぱり力不足だということだろうか。考えたらうっかり涙が出そうになって、慌てて瞬きをして誤魔化した。
「いや、別にそーゆーワケじゃないっつーか……。あーもう、そんな顔すんなっての」
「そうじゃないなら一体何が言いたいんだい。下がって補助に回れってんなら、やっぱりあたしには無理だってことなんだろ!?」
「だから、そーじゃなくてだな……っ!」
「二人とも、喧嘩しちゃだめだよっ」
険悪になりかけた雰囲気を、横合いから現れたコレットが霧散させる。彼女の纏う穏やかな空気に、蟠っていた愁いがさっと溶けていくようだった。
「しいな、ゼロスはしいなのことが心配なんだよ。しいなに怪我してほしくないから、ついあんな言い方になっちゃったんだよ。ね?」
無邪気な笑顔で言われたゼロスは、答えにくそうに唸っている。わざとらしく視線を外し、後頭部をばりばりと掻き毟る姿はなんだか少し笑いを誘った。
「しいな、気づいてた? ゼロスね、しいなが怪我しそうになったらいつもすぐ飛んでいって守ろうとしてるの。それでも間に合わなかった時は、必ずリフィル先生より先に回復魔法かけてるの。それって心配だからだよね」
コレットの観察眼は、おっとりした言動に反していつも正しい。なんと答えたらいいのかわからなくて、ただおろおろと言葉を探す。心配されるということ自体にまず慣れなくて、そんなはずがないと疑う心と、コレットの言うことなら信じられると思う心に上手く整理をつけられない。
「あーっと、その、ほらあれよ。しいな本人はともかくとしてもだ、このメロンは守るだけの価値があるっしょ! ってコトで俺さまはしいなじゃなくてメロンの心配をしてるんですよコレットちゃん」
「もう、そんなこと言うとしいなが傷つくよ? 恥ずかしくても、ちゃんと言ってあげないといけないこともあるんだから」
「あ、はは……」
答えられないでいるうちに、ぷうっと頬を膨らませたコレットにゼロスが汗をかかされている。あまり見られない光景に、ぐるぐるしていたいろんなものが、なんだかすっかり吹き飛んでしまった。
「もういいよ、コレット」
「しいな、でも……」
「こいつの素直じゃない心配とやらはよくわかったから。あたしもむきになって悪かったよ、これからは無駄に怪我しないように気をつけるよ」
「そっか。……ね、ゼロス?」
もう一度、促されたゼロスが仏頂面で向き直る。でもこれは、不機嫌なわけではない顔だ。
「……わーったよ、その……あんまり、無茶ばっかすんなよな」
「うん。ありがとね」
答えてコレットと目を合わせる。そのとびきりの笑顔につられて、あたしも今日は上手く笑えた。
- 2009/06/24