君に捧ぐ代価

「本当に大丈夫か、コレット?」
「うん、もう平気だよ~。どこも痛くないよっ」
「そっか、良かった……。でもあんまりやるなよ? びっくりしたんだからな」
「えへへ、ごめんね」

 どこからどう見ても仲睦まじく、微笑ましい会話を繰り広げているのは我らがリーダーとその片割れの天使ちゃん。文字通り天使のような微笑みと麗しき自己犠牲の精神でもって、本日の窮地を救った功労者だ。
 突然遭遇した強敵相手に、不意を突かれ体勢を崩されて、回復役のリフィルさまが真っ先にやられるという非常事態が発生した。それまでの連戦が祟って、俺さまのTPも空っぽな上にライフボトルの手持ちもないという運のなさ。じりじりと体力を削られて、最早ここまでかと覚悟したその時に、発動したのが"それ"だった。リヴァヴィウサー、彼女だけが使える天使術。己の体力と引き替えに、傷ついた味方を癒し敵をも屠る大技だ。おかげで復帰したリフィルさまに支えられ、どうにか手傷を負った敵を蹴散らすことに成功した。
「さっすが神子さまって感じだよなー、コレットちゃんは」
 列の最後尾をだらだらとやる気なく歩きながら、そんな呟きを口にする。滑稽な台詞なのは百も承知だが、事実そう思ったのだから仕方がない。
「なに馬鹿なこと言ってんだい、あんただって神子のくせに」
「だぁってよー、俺さまはあの術使えないし? もし使えたとしても似合わないでしょーよ、ジコギセイなんていっちばん縁遠い言葉だし~」
 案の定、隣にいたしいなから予想通りの突っ込みが入る。だから本心を悟られぬよう、用意した軽口をさらりと吐いた。
「ま、俺さまは自分の命を擲ってまで他のヤツを助けようなんてコトはとても思えねぇけどなー」
「意外だね。あんたよく言うじゃないか、美しいあなたの為ならなんでもできます、とかってさ」
「あんなのは社交辞令ってヤツよ、みーんな本気になんかしちゃいないの。大体ナンパするハニー達みんなの為にいちいち体張ってたら、俺さま命がいくつあっても足りねぇよ」
「まあ、そりゃそうだろうけど……」
 同意しながらも些か不満げなのはきっと、彼女自身が誰かの為に犠牲になることを厭わない気質を持ち合わせているからだ。尤も、いざ自分が庇われる側になったなら、定めし大泣きして嫌がるのだろうけど。
「そーだなー、いつか俺さまを本気で惚れさせるよーな女に出会っちまったら、そいつの為になら命懸けになってみるのもいいかもな」
 気紛れで僅かに漏らした本音の中に、一つだけはっきりと嘘を混ぜる。いつか、なんて日はもう来ない。既に出会ってしまったから。とっくの昔に、本気になってしまったから。
「でも俺さまのしょっぼい命じゃあ、投げ出したところでどーにもならなそーだけどな……」
 誰からも望まれず、間違って生まれてきたこの命では。差し出してもきっと何一つ、救うことなどできはしない。
「そんなこと言うもんじゃないよっ!」
「……え、ちょっと、しいな? なんでおまえ涙目なのよ、俺さま何もしてねーぞ!?」
 突然、掴み掛からんばかりの勢いで迫ってきたしいなは、何故だかその両目を潤ませている。怒っているのと悲しんでいるのとが半々のような微妙な表情で、でもとりあえず責められているのだけは間違いない……と、思う。
「自分の命がしょぼいなんて、そんなこと言うんじゃないって言ってるんだよ! あんたがどう思ってようと勝手だけどね、あたしはっ……!」
 そこまで言って、ぐっと詰まる。何を言おうとしたのやら、泣きそうに歪んだ顔をさっと背けて、肩を震わせて耐えている様子。全く、どこまでもわかりやすい奴。
「……おまえは、何?」
「な……なんでもないっ!」
 どこからどう見ても、なんでもなくはないことなんて丸わかりなのに。下手くそな強がりは相変わらずで、だから放っておけなくなる。これ以上期待させないでほしいのに、そんな態度を取られたらつい手を伸ばしたくなるじゃないか。
「あんたが……、本気で、いつか誰かを、命懸けでも助けたいと思えたんなら」
 頑なにこちらを見ないまま、紡がれる言葉を静かに待つ。
「きっと、ちゃんと助けられるよ。勿論その為なら死んでもいいってわけじゃないけど、でも、あんたの命だって、同じだけの重みがあるはずだもの」
「……だと、いいんだけどな」
 向き合わずに済んでいるのを幸いに、漏れた溜息を密かに逃がす。命懸けの大勝負なんて、しないで済めば一番いい。けれど万が一、そうせざるを得なくなったなら。果たしてこの薄汚れた命ひとつで、傾きかけた天秤を引きずり戻せるものだろうか。

「でも、羨ましいよ」
「んー? 何がよ」
「あんたが本気になる相手。きっと絶世の美女なんだろうねぇ」
 冗談めかした苦笑の後で。その人は幸せ者だねと、ぽつり呟いたのは聞こえないふり。
「さあ、それはどーだかねー」
 惚れた欲目を抜いてみても、確かに美人ではあるだろう。でも絶世の、とまでは流石に言わない。幸せかどうかは言うまでもない、そんなもの与えてはやれないから手放した。ほら見ろよ、ちっとも羨ましくなんてないだろう?
「意外と平凡なお相手かもよ。気がつけば身近にいたりして」
 おまえがその相手だよとは、言えないままに呑み込んだ。

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