UNISON ATTACK!!

 それはある日の昼下がり。
 
「なー、なんでしいなはTタイプなんだよ」
 宿の一階のカフェテラスで、のんびり寛いでいたところにやってきたゼロスは、突然そんなことを言い出した。不満げな表情と拗ねた口調が、いつもの彼らしくなくてなんだか妙に子供っぽい。
「なんでって……どうしたのさ、急にそんなこと言って」
「だから、俺さまがSタイプなのになんでしいなはTタイプなのかって聞いてんの」
 どうしたのかと苦笑混じりに答えれば、尚もしつこく重ねられる。これはどうやら、ちゃんと答えなければ納得しない雰囲気だ。
「そう言われてもねぇ。別に理由なんかないよ、今のEXジェムはメンタルサプライとハイターンが欲しいからつけてるだけだし」
 たまたまそれらをつける前に、既に偏り気味だったのが今の構成でそのまま固定されているだけだ。だから本当に理由はない。強いて言うならば、最初にT寄りだったから、だ。
「Sタイプに転向する気はねーの?」
「いちいち面倒じゃないか。あたしの技はあんまりタイプで差がないし、また覚え直すのは手間がかかるだろ」
「差がないってことは拘りもないってことだろ? なら変えたっていーじゃんか」
「いや、だから……別にどっちでもいいんだから、わざわざ変える必要もないじゃないか」
 本当にどうしてしまったんだろう。今日のゼロスはやけに強情だ。一体何故そんなにSタイプを勧めたいのか、特に困っていないだけに理解に苦しむ。
「あーもー! おまえは俺さまと一緒にユニゾン・アタックしたくねーの!?」
 埒があかない、と言わんばかりに声を荒らげて。そのあまりにも珍しい姿に驚いて、知らずぱちくりと瞬きをする。だってそんなの、したくないのと言われても。
「いつもちゃんとしてるじゃないか。何が不満なんだい?」
「そーじゃなくてー! 複合特技だよ複合特技っ!!」
「……ああ、そういえば」
 そんなものもあったね、と。
 言われてやっと思い当たった。あたしは複合特技になるものに一撃必殺系の技が少ないせいで、あまり参加したことがなかったのだ。数回リフィルと組んだことがあるくらいで、あとは無縁だったからすっかり忘れてしまっていた。
「あたしはいつも風刃縛封か破魔濤符だからねぇ。相方がリフィルしかいないし、優先順位も低いから仕方ないよ」
 どうせ詠唱なしなら召喚が使えればいいのにねと笑って言ったが、ゼロスの方はどうやらいたくご不満らしい。
「だから、リフィルさまじゃなくて俺さまと一緒にやる気ないのかって聞いてんの。候補は三つもあるじゃないのよー」
「そう言われてもねぇ……。あんたと組み合わせられるのは散力符しかないし、そういうあんたも瞬迅剣なんて出さないじゃないか」
 残りの二つは繋ぎ用の秘技として好みで入れ替えているけれど、件の複合特技を出すにはわざわざ一番弱い特技を使わなければならない。だってタイプが違うから。
「……あ」
「やっと気づいたか……。これでわかったろ? 俺さまがおまえにSタイプになってほしいワケ」
「まあ、それは、うん」
 確かにわかった、けど。
「でも、あんたにはもっとやりやすい相手が一杯いるだろ? 何もタイプの違うあたしに拘らなくたって、できる組み合わせはいくらもあるってのに」
 多彩な技だけでなく魔術まで幅広く扱える彼は、割合誰とでも合わせやすい候補が沢山ある。たった三種類、それも同タイプでないと合わせられない限定的なものに、いちいち固執する理由などなかろうに。
「それにほら、どうせ空破衝出すならリフィルと組んだ方が威力も高いし」
「……はぁ。おまえってほんっと鈍いのな……」
「どういう意味だい! あたしは合理的な理由を述べてるだけじゃないかっ」
 心底呆れたと言いたげに、深々と溜息を吐かれてむっとする。そりゃああたしは、人の感情の機微には多少疎いかもしれないけれど。戦い方についてはこれでも一応プロなのだし、出しやすくて威力もある技を選ぶのは当然のこと。それを取り上げて鈍いだなんて、納得できるわけがない。
「合理的、ねぇ」
 しかしゼロスは尚も不機嫌そうな口調で言って、目の前のカップのお茶を一口。
「って、それあたしの!」
「こんくらいでけちけちすんな。欲しけりゃ奢ってやるからまた頼め」
「な、なんて横暴な……」
 呟いた抗議もどこ吹く風で、人のお茶を悠々と飲み干してぷは、と一息。っていうかそれってもしかして、間接キスとかに、なったり、するんじゃ。
「どーした? 急に真っ赤になって」
 うっかりそんなことを考えてしまったその一瞬で、かっと頬に血が上る。おまけにタイミングよく指摘され、余計に狼狽えて答えに詰まった。次いで頭上に疑問符を浮かべた表情で、覗き込もうとするから勢いよく顔を背けて遮って。
「……しいなー? どーしちゃったのよ、俺さま今のちょっとショックなんだけどー?」
「だ、だってあんたがっ! ……その、カップ……、だから……な、なんでもないっ!!」
「カップ? ……あ」
 暫しその場に沈黙が漂う。未だあたしは振り向けない。だってあんまり恥ずかしくて、顔から火が出そうなのにどうして目を合わせられるだろう?
「ふーん、なーるほどねぇ。しいなってばかわいーとこあんじゃないのよ」
「う、うるさいうるさいっ! あんたが人のもの取ったりするから悪いんだろ!」
「はいはいはい、俺さまが悪うございましたー。しっかし、初めてってワケでもねーのに上せちゃってまぁ、かーわいー」
「あーもう! 黙れってばこのアホ神子! バカゼロスっ!」
 見るまでもなくにやついているのがわかる声音で、からかわれ堪りかねて殴りかかった。その手をひょいと掴まれて、ぐっと引き寄せられ正面を向かされる。笑みを含んだ蒼い目が、まっすぐにこちらを見つめていた。
「で、どーよ。間接キス如きで真っ赤になっちゃうかわいらしーいしいなさんは、これでもまだ俺さまのいじらしい気持ちに気づかない?」
 間近に迫るその顔は笑っている。いつもあたしをからかう時の、人の悪いにやけた顔で笑っている、けど。答えを求める真剣さが、隠しきれずほんの僅か透けて見えるから。
「他の誰かじゃなくて、しいながいいの。俺さまとしいなの息ぴったりなコンビネーションを、他のヤツらにびしっと見せつけてやりたいの」
 今度は何故だか目を逸らせなくて、魅入られたように見つめ返した。それに気をよくしたのだろうか。
「手間かけさせんのは悪いけどさ。……つきあって、くれるよな?」
 からかう色が消えた微笑に、気がつけば頷かされていた。
 途端ぱっと華やいだ満面の笑みに、今更のように羞恥が沸いて俯いた。ゼロスはそんなあたしにはお構いなく、何やらポケットをまさぐっている。やがて目当てのものを見つけたのか、取り出した右手は何かを握る形をしていた。
「しいな、手。出して」
 どうやらその何かを渡したいらしく、言われるまま右の手を伸べる。だがそっちじゃない、と言われてしまって、それではと今度は左を出した。何を渡されるのかはともかく、受け取ろうと出した掌を握られる。そのままくるりと返されて、手の甲の方が表向きに。
「ゼロス? それじゃ受け取れないよ」
「いーのいーの。すぐ済むからー」
 言っている間にも、その指先が素早く動く。呆れるほどの早業で、はいできたぜと言われて見れば。
「これつけて早くSタイプになってちょーだいねー」
「……ストライクリング?」
「そーそー。今ちょうど誰も使ってないしなー」
「それは……いい、けど」
 いいけど、なんで。
「なんで左の薬指なんだい……?」
 わざとらしいにもほどがある。戦闘用のアクセサリーをこんな場所につける必要性なんて全くない。微妙にサイズも違ってるし。
「えー。いいじゃねーのよ、いつかの予行演習ってことでー」
「ちっとも良くないっ!!」
 今日はいつもと趣向を変えて、左手を握り締めた正拳突きをお見舞いした。鮮やかな紅色の頭部から、ごちん、と派手な音がした。
「いってぇーっ!!」
 盛大に叫んで頭を抱えるその姿を、横目に見下ろしてふふん、と笑う。利き手じゃないから多少威力は落ちただろうが、ゼロス自らつけてくれたリングの力をさぞ思い知ったことだろう。
「おまえなぁ……っ! 今のは、冗談抜きにいてぇっつーのよ……!」
「あんたがふざけた真似するからだよ! ここは特別なんだから、本物つける時まではちゃんと空けとくもんなんだよっ!」
 言いながらさっさとリングを外し、人差し指につけ替える。右だと何かと邪魔になるから、左手であることには異議はない。ちなみに殴る時の威力としては、こちらの方が上な気もする。
「ホンモノ、ねぇ……。やっぱおまえも欲しいもんなの?」
「そりゃまあ、そういう相手ができたらね。値段はともかく、記念としてもらえたら嬉しいもんじゃないのかい?」
「ふーん……。じゃあ覚えとこ」
「何を?」
「なんでもありませーん。さてと、それじゃさっさとそこらへんのザコでも倒しに行こーぜー。この辺は魔物も弱いから楽勝でしょー」
 誤魔化すように話題を変えて、立ち上がるゼロスに苦笑して。まあいいかと一緒に席を立ち、支払いを済ませて店を出た。連れ立って町の入り口へと向かいながら、妙に上機嫌な背中を眺めてふと微笑む。
「……いつか、ねぇ」
 いつのことだか知らないけれど。
 あんたがくれる本物なら、もらってあげてもいいかもね?

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