悪戯ゴコロ

 ひらりひらり、揺れているそれがふと気になった。
 もうひとつ、もっとひらひらしている桃色も気に入ってはいるのだけれど、そちらはしょっちゅう捕まえては殴られているので今はいい。というわけで。

「えい」
 ばさり、背後から忍び寄り掴んでめくり上げた。
「きゃああっ!?」
 よし成功、盛大に上がる悲鳴に思わずガッツポーズ。まあそのせいで、即座に飛んできたフルスイングの全力ビンタを避け損なったのだけれども。予想はしていたものの痛かった、それはもう派手に吹き飛んで床板と仲良くしてしまったくらい。
「なななななっ、なんってことするんだいこのエロ神子! ド変態っ!!」
 御丁寧に札まで出して、全身毛を逆立てた猫みたいにわかりやすく威嚇してくる。怒った姿も可愛いね、なんて思っても口にしたら最後、フルコンボの後に降霊召符が待っているのが確実だ。ああ、あな恐ろしや。
「っつぅ……、しいなさんさすがにちょっとイタイ、俺さま死んじゃう……」
「はん、それくらいで死ぬなんて情けないこと言うんじゃないよっ」
「またまた、そーんなこと言っててもいざとなったら、慌てて操冥符かけてくれちゃうんでしょー?」
「……もう一発いっとくかい?」
「いやすいません遠慮します……」
 降参ですと素直に両手を差し上げれば、仕方ないねと言わんばかりの表情でそれでも片手を伸べてくれる。ありがたく掴まって起き上がり、やはりこれでこそしいなだと一人頷く。
「なんでいきなりこんな真似やらかしたんだい? スカートめくりだなんて、子供じゃあるまいし」
 まだ御機嫌は直らないらしく、じろりときつく睨まれた。己の所行を考えれば、まあ当然ではあるのだが。
「やっぱそれスカートの認識なんだ? その割に前の合わせは空きまくりだし、上着の裾が長いって扱いなのかと思ったんだけど」
 下にちゃんとタイツ、なのかズボンなのかはよくわからないが、とにかくそれを履いているのだからめくられて困ることはないのだろうし、実際戦闘中には飛んで跳ねて宙返りしたりで翻りまくっていたりもする。それでも怒られるんだろうなあと、予想の上での行動だからこれといって悔いはないが。
「まあ、そう言われりゃそうだけどね。油断してる時にいきなりこんなことされちゃ、驚きもするさ」
「へー、油断してたんだ? 俺さまが背後から忍び寄ってるってーのに?」
「あんたがこそこそ寄ってくるのなんて、今に始まったことじゃないだろ?」
「あー、そーかも。ちょっかい出すといちいち面白いからなーしいなは」
 返事の代わりに溜息ひとつ。怒るのも疲れたと言いたげに、呆れた視線を寄越される。
「まさかと思うけど、他の子にはこんなことしてやしないだろうね」
 言外に、していたらただじゃ済まさないと滲ませながらの詰問に、さすがに慌てて弁解に走る。ズボン着用のリフィルさまならまだともかく、スカート派の年少組二人への嫌疑は真面目にやばい。犯罪者にされてしまう。
「んなワケねーだろ! まさかこのゼロスさまが、そんな破廉恥な行為をするとでもお思いなの、しいなさんたら!?」
「たった今あたしにやっただろうがっ! どの口が言うかね、まったく」
「ひっでー、これもしいなへの愛あってこそなのに……。俺さましょんぼり。ちょーかなしー」
「そんな愛ならなくて結構!」
「痛い痛い痛い! 髪引っ張るのはなしー!!」
 遠慮なしの制裁に、ちょっとだけ涙目になって抗議する。ぐいぐいと引かれた髪はすぐに放してもらえたけれど、代わりに何やら閃いたらしい笑顔が浮かぶ。今度は何をされるのだろう。
「ま、今日のところはこれで勘弁しといてあげるよ」
「……ありゃま。いーの?」
「いいよ。続きはいずれまた、ね」
 さぞ楽しい仕返しを思いついたのか、しいなは上機嫌で去っていく。その後ろ姿を眺めながら、首を捻って見送った。

 その『続き』とやらが実行されたのは、三日ほど後の昼下がり。
「よーし、昼飯も済んだし、そろそろ出発しようか」
「へいへい、ハニーの仰せのままに~」
 よっこらせと立ち上がり、号令したロイド君の方へ歩き出す。背後で何やら『しいなどうしたの?』、『コレット、しー!』なんてやりとりが聞こえたような気もしたけれど、面白そうなので放置した。さすがは隠密、気配も足音も完璧に隠し果せているけれど、それ以外でこれだけバレバレでは意味がない。
「……えいっ」
 ばさり。勢いよく引き上げられる、布の感触。
「おぉっ!?」
 ついうっかり、予想外の行動に声が出る。
 まさかこう来るとは思わなかった、けれどなんとまあ可愛らしい逆襲なのか。
「どうだいこれで思い知っただろっ」
 先日やった『スカートめくり』ならぬ上着の裾めくりを、やり返して得意げに胸を張るしいな。しかし。
「いやーん、しいなちゃんのえっちぃ」
 わざとらしく言って身をくねらせれば、視線が集まったのは彼女の方。そりゃそうだ、周りのメンバーはこれが『仕返し』だとはご存じない。
「しいながゼロスみたいなことしてる……!」
「意外ね、あなたの方からそんなことをするだなんて」
「女性がそのようにはしたない真似をするのは、どうかと思うのだが」
「しいなさん……らしくない、です」
「どうしちゃったのしいな、ゼロスがうつったの!?」
「えっ……ちょっ、待っておくれよみんな!」
 頭上にクエスチョンマークを目一杯浮かべているコレット以外の全員に、口々に言われてたじろぐしいな。こんな状況でやればこうなることは明白なのに、それに気づかないあたりが彼女らしい。しかし『ゼロスがうつった』ってのはちょっとひどすぎやしないか、がきんちょめ。
「違うんだよ、あたしはその、こないだゼロスにやられたからその仕返ししてやろうと思っただけで……!」
「あらまあ、仲の良いことね」
「だからといって、はしたないことに変わりは……」
「仕返し……。復讐は、何も生みません」
「えっとえっと……ロイド、どういうこと?」
「あのなコレット、しいながゼロスにスカートめくりしたんだよ」
「でも、ゼロスはスカートはいてないよ?」
「んーっと、まあそうなんだけど……」
 そこでズレた会話を繰り広げている天然コンビは置くとして、四人から見つめられたしいなはあわあわと狼狽するばかり。にやつきながら眺めていたら、やがてその当人と目が合った。
「ちょっとゼロス! あんたもなんとか言ったらどうなんだい、そもそも全部あんたのせいじゃないかっ」
 憮然として怒りながらも、どうにかしろと縋るその目が若干潤んでいたりして。少々分かりづらくとも助けを求められたなら、こちらとしても悪い気はしない。
「はいはい、そのへんにしといてやってよ。でないと後で俺さまの命が危険に晒されちゃうからねー」
 へらへらと笑って間に入る。さりげなく背中に庇う形にすれば、後頭部にばちんと遠慮のない平手が降ってきた。
「いてっ! ひっでぇ、しいなってば助けてあげてるのにこの仕打ち!?」
「全然フォローになってないじゃないか! あんたに頼ったあたしが馬鹿だったよっ」
「もー、注文が多い奴だなー。あんまり文句ばっか言ってっとまためくるぞ?」
「こっ……この、馬鹿ゼロスー!!」
 響き渡る叫びと共に。
 ヒットした本日二度目の平手打ちは、この麗しの頬に見事な紅葉を残して散った。

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