tearless

 握り締めた手がとても熱かった。彼の手はいつも優しくて温かくて大好きなのだけど、今のこれはそんなものではなかった。勿論人の体は火の煇石みたいに火傷するほどには熱くならない、けれど普段のほっとする温もりとは全く違う異常な熱さが、どうしようもなく不安を掻き立てる。このままどんどん熱くなったら、ずっと下がらないままだったら。
「……やだよ、リチャード。そんなのやだ……」
 浮かんだ笑えない想像を、必死に頭を振って追い払う。大丈夫、そんなことには絶対ならない。なるはずがない。だってシェリアが言ってたもの、『人間は風邪くらいじゃ死なないわ』って。アスベルが熱を出したときだって大丈夫だった。ちゃんと寝て食べてお薬を飲んで、安静にしていたら治るのだ。だからリチャードだってそれと同じ、すぐにまた元気になって笑ってくれる。
 祈りを込めて握り直した手が、不意に弱々しく握り返された。はっと顔を上げて彼を見ると、金色の睫毛が微かに揺れている。そして閉じられていた瞼が薄く開いて、深い茶の双眸が現れた。
「リチャード、気がついた……っ!?」
 握った手は決して離さないまま、身を乗り出して枕辺に近づく。熱に浮かされて潤んだ瞳が、ふらふらと彷徨ってそれからこちらを見た。乾いた唇が僅かに動いて、ソフィ、とわたしの名前を模る。声が出ないのはきっと喉が腫れているからで、それは痛みを伴うのだろう。それだけのたった一言で、ほんの一瞬だったけれど、辛そうに眉をしかめていた。
「大丈夫? 何か欲しいものあるかな、お水とか、えっとそれから……」
 陛下が目を覚ましたらこうしてあげてねと、シェリアから言付かったことがいくつかあるはずだった。でもそんなものはすっかり頭から消し飛んでいて、全然思い出せなかった。そんなに難しいことではなかったはずなのに、それすら覚えられていない自分が悔しくて切なくて頭がぐちゃぐちゃになる。
「ごめんね、わたしどうしたらいいかわからないから、すぐにシェリアを呼んでくるから、だからごめんね……!」
 胸の奥がぎゅっとなる。息が詰まって、目が熱くなって少し痛くて、上擦った声が震えてしまう。苦しいのはリチャードの方なのに、今もはあはあと荒い呼吸を繰り返しているのに、なんで元気なはずのわたしが、こんな風になってしまっているんだろう。
「……そ、ふぃ」
 ひどく掠れた声が唇から漏れた。とても苦しそうだったけれど、今度は形だけでなく、ちゃんとした音になっている。いつもの穏やかな声とは随分違って、ざらついて荒れた響きではあったけれども。
「僕は……だいじょうぶ、だから」
 不自然に短く区切られた言葉は、それ以上長く紡げないからだ。本当は喋ることそのものが辛いのだろうに、それでも息を整えて、精一杯伝えようとしてくれている。そんな状態の人に心配をかけているのが申し訳なくて、でもやっぱり胸が痛くて苦しくて、動くこともできずにただ耳を澄ませるしかなくて。
「泣かないで」
 ふわり。
 柔らかく微笑んだリチャードが、握っていない方の手を伸ばす。その手がそっとわたしの頬に触れ、熱い指先が優しく目元を拭った。
「……泣いてないよ」
 そこに涙はないはずだった。だってわたしは、泣くことのできないヒューマノイドだもの。
「涙が出なくても……君はいま、泣いていると思うよ……」
 だから泣かないで、と。途切れ途切れに言いながら、彼はまた柔らかく笑って頬を撫でてくれた。

 

風邪シチュったーで出たお題。
『風邪をひいたリチャードが「ぼんやりとしながら、友人の泣き顔に微笑む」場面』でした。

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