さわれるしあわせ
「リチャードの手は大きいね」
唐突にそんなことを言いながら、手を取られまじまじと見つめられて困惑した。互いに手袋をしているから直接に肌が触れ合うことはないけれど、布越しの接触でもほのかに体温のぬくもりが伝わる。
「そうかな? 僕が特に大きいわけではないと思うけど……」
身長も体格も剣を扱うに不可欠な腕力も、人並み以下ではないと自負しているが、並外れて大きいと思ったことはない。周りの仲間たちと比べてみても、アスベルとならほぼ同等、やや細身のヒューバートよりは上だろうが、さすがバロニアが誇る騎士学校の教官を務めただけあって、マリクには完全に負けている。
「もし大きいように思うのなら、それはソフィの手が小さいからではないのかな」
まるで壊れ物でも扱うように、指先だけでそっと支えられている感触のくすぐったさを堪えつつ言う。戦場で見せる強さとはまるでそぐわない、小柄で華奢な体躯の彼女の手は、当然の如く小さくて可愛らしいものだった。普段意識はせずともその体はヒューマノイドのものであり、従ってそんな心配は不要だとわかってはいても、細い指はちょっと強く握れば折れてしまうのではないかと思う。
「きっと僕よりもマリクの方が大きいと思うよ。アスベルならどうかわからないけれど」
「教官の手は大きいけど、でもリチャードも大きいよ。ほら」
ぺたん、と手のひらと手のひらを合わされる。手首と手のひらの境目を基準に、こうして合わせればその大きさの違いがよくわかった。一般に女性は男性より手も足も小さいものではあるが、ソフィを相手にするとその差はより顕著に表れる。
「君と比べると、確かに大きいね」
こんなに違うよと足りない長さを示されて、そうだねと応じて緩く微笑む。無邪気な仕草が愛らしくて、そして小さな手がとても温かくて、なんだか幸せな気分になった。
「前にね、みんなと比べっこしたの。やっぱりわたしが一番小さくて、教官が一番大きかった。でもね、リチャードにはずっと触れなかったから」
「……そうか。そうだね、そうだったね」
短いようで長い間、ソフィには辛い思いをさせてしまった。もう一人の親友であるアスベルは勿論、その仲間達にも多大な迷惑と心配をかけたけれど、その中でもやはり彼女には、特に。
戦おうとする心を必死に抑えて、信じようと、救おうとしてくれていた彼女に対しての振る舞いを思うと、胸の内に湧くのは後悔ばかりだ。だからこそ謝罪もしたし許しも得たが、それで帳消しにして忘れられるほど、軽い行為ではなかったというのも承知している。
「あのとき、リチャードはどれくらいかなって思ったの。それでね、今はもう触れるから……」
「試してみた、というわけだね」
「うん。やっぱりリチャードも大きかった」
離さずにずっと手を合わせながら、嬉しそうに笑うソフィに陰はない。元より彼女の言葉に疑いなど微塵もなかったけれど、何故かそれでも、やっと本当に許された気がした。
「触れるのってしあわせだね」
「そうだね。本当に……幸せだね」
合わせた手はそのまま。空いている方の手を重ねて、小さなソフィの手をそっと包み込む。そうするとすっぽり覆えてしまう、この手を守る側になりたいと思った。かつて傷つける側に立ってしまったからこそ、今度はちゃんと守れるように。
「わたしも、守るよ」
口にはしなかった思いを見透かしたように、言われて驚きに目を見張る。
変わらぬ笑顔のままの彼女は、僕の手の上に更に片手を重ね、そしてまた「守るよ」と言って鮮やかに笑った。
- 2011/03/07