faint Memoria

 道端にぺたりとしゃがみ込み、一心に何かを見つめている。そんな少女の後ろ姿を見て、おや、と首を傾げつつ足を止めた。
「何をしているんだい?」
 一定の距離を保って背後に迫り、言いながらその視線の先を覗き込む。そこにあったのは薄桃色の小さな花で、なるほどこれを見ていたのか、と理解すると共にちょうど振り向いた少女と目が合った。
「……お花。綺麗だから、見てたの」
 相変わらず抑揚に乏しい話し方で、見たままの事実を簡潔に告げる。お世辞にも表情豊かとはいえない態度だが、そこには先に感じたような、敵意らしきものは見受けられなかった。
「君は花が好きなのかい?」
 昔も今も、彼女に対しての『不思議な子だ』という印象はあまり変わっていない。けれど改めて思い返してみれば、ここに辿り着くまでの道中でも、あちこちで野に咲く花々を興味深げに眺めていたように思う。案外女の子らしいところもあるのだなと、ほんの少し頬を緩めて笑った。
「お花、好き。クロソフィはもっと好きだけど、これも綺麗」
 どことなく無機質な感のある顔が綻び、不意に嬉しげな微笑が浮かぶ。
「リチャードは、このお花の名前、知ってる?」
「……あ、ああ……いや。生憎と、園芸用でない花には詳しくなくてね」
 可憐、と表するに相応しいその笑顔は、ほんの一瞬で消えてしまった。次いでそう、とこれまた簡潔に応じた声は平板で、特に落胆の色も見えない。けれど間違いなく目にした笑顔と今の無表情との落差は大きく、何故だかひどく残念な気持ちになる。
「――花が好き、なら」
 少し考えてから、口を開いた。それでまた笑ってくれるかどうかは、あまり自信はないけれども。
「いつか、城の庭園に来るといいよ。珍しい花が沢山あるんだ」
 誘ったのは、期限を定めることのできない『いつか』。今のこの状況の中では、明確な約束は何もできなかった。何しろその場所は今や敵の本拠地であり、ごく近い未来、確実に戦場となるのだから。
「無事に王都を奪還して、叔父を倒すことができたらの話になるけれど……」
 でもきっと、君は気に入ってくれるんじゃないかな。
 確信があるわけでもない希望的観測は、自然と声量も小さく不明瞭になった。でもちらと視線を向けた先の彼女は、元々大きな目を更に見開き、じっとこちらを見つめている。
「本当?」
 日の光を受けて輝く薄紫のその瞳は、きらきらと澄んで一点の曇りもない。純粋な期待に満ちた眼差しは、先ほどの微笑を上超すほどに愛らしかった。互いに暫し無言のまま、真正面から見つめ合う。それから、ふっと相好を崩した。
「ああ。約束だよ」
 今度はしっかりと頷いて、花の名の少女に微笑みを送る。瞬間、ぱっと鮮やかに――それこそ花の咲くように、笑い返されて小さく心臓が跳ねた。

 

グレルサイド到着~ウォールブリッジ出撃前あたりの感じで。

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