Don't satisfied with substitute!

「ねえソフィ、いい子だからそれを渡してちょうだい?」
「だめ。シェリアのお願いでもこれはだめ!」
「ソフィ、わがまま言うんじゃない。必要なものなんだから仕方ないだろう?」
「必要でもだめなの! アスベルのばかっ」
「なっ……!?」
 普段聞き分けのいいソフィの思わぬ反撃に、一瞬にして親友の顔色が変わる。暫しぱくぱくと口を開けたり閉めたりしていた彼は、ややあってちらりとこちらを見、途方に暮れた様子で肩を竦めてみせた。どうしよう、とその目が訴えてきて、苦笑しつつううんと首を捻る。やはりここは、僕の出番……なのだろうか。多分、一応は当事者なのだろうし。
「……ソフィ」
 前に進み出て呼びながら、膝を折り地についてしゃがみ込んでいる少女と視線を合わせる。彼女はごく僅かに表情を緩めたが、代わりにたとえ相手が僕であっても渡さないと言わんばかりに、腕の中のものをむぎゅっと抱え直した。少しばかり羨ましくなるような、そんな状態に置かれている渦中の品は――黄金の彫像、だ。
「どうしてそんなにそれが欲しいんだい?」
 可能かどうかは別問題としても、力尽くで取り上げることはしたくなかった。それはここにいる他の皆も同じだろう。だからまずは、根気よく理由を聞き出すことにする。彼女が固執して抱き締め放さないその人形は、他ならぬ僕の姿を模ったものだ。ならばきっと僕には話してくれるはず、理由さえわかれば解決策も立てられよう。
「……だってこれ、可愛い、から」
 急かさずにじっと待つうちに、おずおずと口にした一言は拍子抜けするような単純なもの。
「そうだね。確かにちょっと、可愛いよね」
 ふふ、とまた小さく苦笑して頷く。自分で言うのもなんだけれど、上手く特徴を残してデフォルメされた造形は、彫像という名の割にぬいぐるみめいていてなかなかに可愛らしいのだ。無論それは僕以外の分についても同様で、ソフィが気に入って欲しがるのも無理はない。しかし、だ。
「でも、どうして僕の人形だけなんだい? 他のみんなの分はそこまで拘っていなかったのに」
 アスベルのときも、シェリアさんのときも、ヒューバートやパスカルさんのときも。マリクの分はまだ材料が集まっていないのだが、それらのいずれにも「可愛いのになくなってしまうのは寂しい」と手放しがたそうにしてはいた。だがこんな風に、抱え込んで意地でも放さない、なんてことは全くなかったのだ。僕の分だけ、というのは正直ちょっと嬉しくもあるのだが、不可解なことには変わりない。
「だって、だってこれは、リチャードのお人形だから……!」
 だからだめなのと言い張る彼女に、ぱちくりと目を瞬いた。
「僕の人形だから……手放したくない、と?」
 それだけが特別に、並外れて可愛いというわけではないと思う。むしろ純粋に人形として愛でるなら、シェリアさんの方がずっとそれらしい。なのに敢えて僕の人形をと言うのは……つまり。
「ええと、それは一体何故……?」
 先の問いにこくりと頷いたソフィに、やや緊張しつつ再度問いかける。ほんの少し、心拍が上がっているような気がしないでもない。
「……リチャードは、王様だから。この旅が終わったら、バロニアのお城に帰っちゃうんでしょう?」
「そ、そうだね。いつまでも一人でふらふらしてはいられないからね……」
「そうしたらきっと、今みたいに毎日は会えなくなっちゃう。そんなの寂しいよ」
「ソフィ……」
「会いたくなって会いに行っても、忙しかったら会えないんでしょう。でもリチャードのお仕事は大事だから、わたしが邪魔しちゃいけないの。だから……」
 ――会えなくて寂しいときにこの子を見たら、きっと我慢できるから。
 俯いて呟くように告げられた言葉の意味を、理解するなり体が動いていた。
「りっ、リチャードっ!?」
 アスベルの素っ頓狂な叫びが聞こえたけれど、そんなことは構っていられなかった。華奢な背中に両腕を回し、人形ごと細い体を抱き締める。取られるのではと思ったのか、強張っていた体から次第に力が抜けていった。やがてこてん、と首が倒され、肩口に顔を埋められる。
「大丈夫だよ、ソフィ」
 静かに、囁くように優しく呼ぶ。
「どんなに忙しかったとしても、君が会いたいというのなら時間を作るよ。そのためになら、僕はいくらでも頑張れるから」
 人形なんかで我慢しなくていい。そんな身代わりは必要ない。
「……本当に?」
「ああ。約束するよ」
「約束……破ったら、針千本だよ?」
「勿論飲むよ、破ったらね」
 でも破らないよと言いながら、くすくすと低く笑ってみせた。彼女がどうしても、無理を押してでも今会いたいというときに、仕事なんてきっとしていられない。少しだけ待たせてしまうことはあるだろうけど、一目すら会わずに帰すなんて、そんなことは。
「帰ったら真っ先にデールに言っておくよ。いつ何時でも、君を追い返すような真似はしないようにってね」
 それでどうだいと、抱く腕を緩めてそっと尋ねる。間近から目と目を合わせて見つめ合って、そうしてやっと、うん、と首が縦に振られた。彼女は抱えていた人形に一度目を落とし、それからその脇に手を入れ捧げ持つ。
「これ……」
「うん。ありがとう」
 遂に自由の身となった人形を受け取る。ずっと抱かれていたおかげで、すっかり温かくなっていた。それを片腕の小脇に抱え、立ち上がり空いた手をソフィに差し伸べる。すぐに立ち上がったソフィに軽く頷き、くるりと振り返り皆の方を見て――。
「……あれ?」
 何やらがっくりと膝をついているアスベルと、その肩に手を置き慰めているシェリアさん。更にその隣で溜息混じりに眼鏡を直すヒューバートに、パスカルさんは何故か楽しげにくるくる踊っている。マリクはにやにやと人の悪い笑みを浮かべてそんな彼らを眺めていて、呆気に取られた僕達は、顔を見合わせてただ首を傾げるのみ。

「……なりきり称号、誰が取るのだったっけ」
「アスベルが欲しいって言ってた気がする」
「でも、なんだか取り込み中のようだね」
「うん……。要らないならわたしが先に取ってもいいかな?」
「いいんじゃないかな。そうしようか」
「うん!」

 

無自覚両思いで(主にアスベルが)被害甚大。

小説ユーティリティ

clap

拍手送信フォーム
メッセージ