眠れる王子さま

 さらさらの流れるような金髪が、緩い風に遊ばれてふわりふわりと揺れていた。それがとても綺麗だなぁと思ったのは、シェリアが持ってきてくれたブランケットを、その肩にかけてあげようとして屈み込んだとき。ソファに座ったまますやすやと寝息を立てているリチャードは、普段見る姿とは何故だか少し違って見えた。その理由が気になって、それからずっと、こうやって側で見つめながらじっと考えている。
「ソフィ。陛下はお休み中なんだから、あんまり見ていたら失礼よ」
 少し離れた窓辺から、シェリアが笑い半分に注意する。けれどうんそうだねと返事だけして、その場を動こうとはしなかった。
「もう、ソフィったら……そんなに見つめてどうしたの? お疲れの陛下を邪魔しちゃいけないわ、こっちにいらっしゃい」
「大丈夫、邪魔はしてないよ」
 うるさくして起こしてしまわないように、できるだけ小さな声で答えた。規則正しい呼吸は乱れることなく静かに穏やかに続いていて、胸元のスカーフがゆっくりと上下しているのがわかる。
「それにきっと、リチャードは怒らないと思うの」
 ラムダの影響から解放されて以来、リチャードの怖い顔を見たことがない。もちろん魔物と戦っているときは険しい表情もするけれど、それがわたしに向けられたことは一度もなかった。わたしを見るときのリチャードはいつも、とても優しい、あたたかい目をしていると思う。ふとしたときに目が合っても、その瞬間ふわりと柔らかく融ける。そうしたらわたしも笑い返すから、ふたり一緒にあたたかくなれた。
「そうねえ……。確かに今の陛下がソフィに怒るところなんて、あまり想像がつかないけど……」
 しょうがないわねと笑うシェリアに、だから大丈夫だよと言ってまたリチャードを見る。あの優しい目は閉じられているから今は見えないけれど、代わりに髪と同じ金の睫毛が、白い頬に僅かな影を落としているのがよく見えた。
 ふわふわ、ひらひら、揺れる金色。晴れた日のお日さま色の髪がきらきら、輝いてそこから目が離せない。
「ねぇシェリア」
「なあに?」
「リチャードの髪って綺麗だね」
 触りたいなあ、でも触ったら起きちゃうかな。呟いてつい手を出しかけて、でもやっぱりやめてすぐに引っ込めた。すごく疲れているから寝てるのに、起こしてしまったら可哀想だから。
「ゆっくり眠ってね、リチャード」
 さっき言った言葉をもう一度。それからぴょんと立ち上がり、シェリアの元に駆けていく。飛びついてぎゅっとしたシェリアは何故か、驚いたような顔で固まっていた。
「……シェリア? どうしたの?」
「えっ、ええ……ううん、なんでもないのよ。気にしないで」
「……? 変なシェリア」
 なんでもないと言ったのに、シェリアの目は大きく丸くなったまま、落ち着かない様子で泳いでいる。でも気にしないでと言われたから、気にしないことにしてただ首を傾げるだけにした。
 もう一度振り向いて見たリチャードは、まだぐっすりと眠っているようだった。

 

シェリアが驚いてるのは乙女センサーが反応したからだとかなんとか。

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