変わる関係のカウントダウン

「リチャード!」
 広い庭の入口から、ゆっくりとこちらに歩いてくる姿を見つけるなり大きな声で名前を呼んだ。同時に思い切り地を蹴って、足を止めたその人の元へと駆けていく。
「ソフィ、久しぶ、り――っ!?」
 言いかけたリチャードの語尾が跳ね上がり、ぼふっ、とやや重い音がした。その理由はとても単純で、駆け寄って飛びついたわたしが勢い余って、期せずして胸元に体当たりした形になったからだ。勿論攻撃の意志など欠片もないから、それで吹き飛ぶまでには至らなかった。軽く踏鞴を踏みはしたものの、それだけでひっくり返ったりはしない。
「リチャード、いらっしゃい!」
 顔を上げて笑顔で歓迎の言葉を告げる。同時に改めて背中に両腕を回して、ぎゅっと抱きついたところで違和感に気づいた。いつもなら優しく笑ってくれるはずのリチャードが、今日は全く違う表情を浮かべている。それがどんなものかと説明するならば、多分驚き、だと思うのだが。
「……リチャード? どうかした?」
 首を傾げながら訊いてみた。途端、固まっていたリチャードがびくっと跳ねる。あ、とかえ、とかいう短い言葉が唇から零れて、見る間に頬が赤く染まっていった。あまりに急な変化だったから、わたしはただぱちぱちと目を瞬くしかできない。
「リチャード……?」
 もう一度小さく名前を呼んで、間近にある茶色の瞳をじっと見つめる。明らかに落ち着かない様子で泳ぐ視線は、一体どうしてしまったのだろうか。
「ご、ごめんソフィ。その、ちょっと驚いて、だから……!」
 別にどうもしていないのだと、しどろもどろに言う彼はやっぱりどこかおかしいと思う。でもリチャードがわたしに嘘をつくはずはないから、そっか、と素直に頷いた。とにかく落ち着くまで待ってあげようと、そのままの体勢で静かに待つ。けれどリチャードの顔色は一向に戻らず、ますます赤くなっている気がする。
(リチャード、どうしちゃったのかな……あ、)
 そういえば、とふと気づく。「それ」は何故だろうとちょっと考えてみたけれど、真っ先に予想される答えはひとつしかなかった。
「リチャード……。わたしのこと、嫌いになっちゃったの?」
「ええっ!?」
 しょんぼりと肩を落としつつ尋ねると同時に、悲鳴にも似た大仰な叫びが上がる。次いでどうしてそんなことを思うんだいと、慌てて問うリチャードにだってと言って一度言葉を切った。ほんの少し顔を俯けて、上目遣いに視線だけを送る。
「いつもはぎゅうってしてくれるのに……今日は全然してくれない」
 だから嫌いになったのかなって。呟くように付け足して、離れようと少し身を退いた。けれどそれを押し止めるように、がしっ、と肩を掴まれる。
「とんでもない、嫌いになんてなっていないよ! むしろ逆……あっ」
 いやなんでもないと口早に言い、一時青ざめていた顔がまた赤くなった。その急な変化に戸惑って、きょとんとまた首を傾げたけれど、その間にぐるぐると考える。嫌いの逆は好き、のはず。ということは。
「わたしもリチャードのこと大好きだよ」
 だったらぎゅっとしてもいいんだよね。あっさりとそう結論づけて、再度ぴったりと身を寄せた。思いっきり、温かな体にぎゅっとしがみつく――が。
「……リチャード」
 期待したぬくもりは得られなかった。顔を上げてまたじっとその目を見つめる。少々の不満と非難を込めて、ついでにぷうっと頬を膨らませて。そうしたら相変わらず石像にでもなったように、固まっていた彼がぴくりと身動いだ。やっとそろそろと腕が上がり、ぎこちなく背中に回される。
「これで、いい、かな……?」
 少し震える声で躊躇いがちに、言うリチャードの頬はやっぱり赤かった。それを不思議には思ったけれど、今はそんなことよりも。
「……もっとちゃんとぎゅってして」
 ふるふると首を振りながら、要望を伝える方が先だった。

 

友達と思ってるうちはできてたことが、一度意識し出すとできなくなる、みたいな。

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