愛情の種別による主観的重量認識の相違

 裏山の花畑から、北ラント道を通ってラントの街へ。更に道行く人々で賑わう街の中心を抜け、領主邸へと至ったその庭先で。
「リチャード!」
 玄関を飛び出すなり叫んだ親友に、笑顔を返すと共に『静かに』のサインを送る。両手が塞がっているおかげで些か不格好だったけれど、その意味するところはちゃんと伝わったらしい。慌てたように口を噤んだ彼は、そこからは足音を殺してそっと近づいてきた。
「……寝てるのか?」
「うん。ぐっすりだよ」
 腕の中を覗き込んで苦笑するアスベルに、こちらも微笑んで囁き返す。すやすやと穏やかな寝息を立てている眠り姫は、やや騒がしい出迎えにも目を覚ますことなく熟睡していた。そのことにまずは安堵して、よいしょ、と華奢な体を抱え直す。
「裏山からずっと運んできたのか?」
 目を丸くして問う彼を不思議に思い、首を傾げつつそうだよと頷く。次いで僅かに身動いだ少女を見下ろして、落とさないようにと側へ引き寄せた。
「よく眠っていたから、起こすのは可哀想でね」
「でも大変だっただろうに。こいつ、見た目より結構重いだろ?」
「そうかな? そんなこともないと思うけど……」
 小さくても人ひとり分の重さなのだから、花のように軽いとは言わない。でもこうして抱えているのは邪魔な荷物などではなく、何より大切な『友達』なのだ。抱き上げても警戒して跳ね起きることなく、されるがまま身を任せていてくれるのは最高の信頼の証に他ならない。そう思えばこの重みすら愛おしく、幸せを感じこそすれ辛くはなかった。
「……リチャードって、実は意外と力持ちなのか?」
「いや、別にそうでもないと思うよ?」
 常日頃力仕事に励んでいるわけでもないし、愛用の細剣は斧や両手剣と比べれば軽い部類に入る。武芸の心得のない庶民ならともかく、流派は違えど同じ剣術を修めているアスベルには、驚かれるほどのことはないと思うのだが。
「アスベル?」
 何やら難しい顔で考え込んでいる彼を、呼んだ途端ぴくっと肩が跳ねる。それはごく僅かな反応だったけれど、僕の見間違いではなかったと思う。
「い、いや。なんでもないんだ、気にしないでくれ」
「……そうかい? 君がそう言うのなら構わないけど……」
 もう一度首を傾げて答えたところで、ううん、と小さな声が上がった。それを発したのは勿論、未だ横抱きに抱えたままのお姫様だ。起こしてしまったかと一瞬焦ったけれど、どうやらそうではなかったようで。
「ぅ、んー……」
 腕の中でころりと顔の向きを変え、胸元に擦りつけるような仕草をした彼女が何やら寝言を言う。くぐもって不明瞭な言葉はその大半が意味を成していなかったが、最後に口にした一言だけは辛うじて聞き取ることができた――のは、いいのだが。
「にゃう……りちゃーどぉ……」
 深い眠りの中にあるときに特有の、甘やかな声がやけにはっきりと耳に残った。なんとなくどこかくすぐったいような、妙な気恥ずかしさを感じて背中がむず痒くなる。何を言うべきかしばし迷った挙げ句、苦笑混じりに傍らの友を見た。
「……アスベル?」
 何を考える間もなくただ虚心で、呼びかけた声にはありありと不審の色が浮かんでいた。無二の友に対して幾分申し訳ないような気もしたが、でもそれは不可抗力だから許してほしい。何故ならば。
「あ、アスベル……?」
 再度戸惑いながら呼びかけてさえ、一言の返事もないほどに。すっかり固まってしまっている彼の顔色は、凍りついたかのように見事に青ざめていたので。

 

なんとなく負けた気がする+いつの間にうちの娘とそんな仲に!? …というお父さんの驚愕と焦り。

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