大好き、よりもっと
温かい腕の中で目が覚めた。
優しく髪を梳く指の動きに引かれるように、微睡んでいた意識が覚醒していく。数度ゆっくりと瞬きをして、それからほんの少し顔を上げた。
「おはよう」
ごく近い距離で目が合って、すぐにその瞳が細められる。飾り気のない素直な微笑は、わたしだけに見せてくれる特別なものだ。
「……わたし、寝ちゃってた?」
多分それは聞くまでもないことなのだけど、寝てしまったつもりはなかったからいつの間にと思って口にした。眠る前の記憶は曖昧で、何がどうなっていたのかよく覚えていない。ただぎゅっとされてとても温かくて、幸せな気分だったことはしっかり覚えている。
「うん、一時間くらいかな」
「そっか。ごめんね」
「いや、僕の方こそ。よく眠っていたのに、起こしてしまってすまなかったね」
苦笑混じりの謝罪に首を振り、ううんいいのと笑って答える。なんとなく甘えたい気分になって、そのままぎゅっとしがみついた。リチャードは少し驚いたようだったけれど、柔らかく抱き返してくれて二人の間の隙間がなくなる。
「……リチャードの音が聞こえる」
穏やかに脈打つ心臓の音。生きている証。
「僕の?」
「うん。優しい音だよ」
ずっと聞いていたいな、と呟く。そうしたら抱え込まれた頭の上から、ふふ、と小さく笑う声がした。どうして笑うのと少し拗ねてみせたら、嬉しいんだよと甘い囁きが降る。
「僕もずっとこうしていたいな」
そうできたらどんなに幸せだろうと、言う声は夢見るような響きだった。
「でも、ずっとこのままだったらきっとお腹が空いちゃうね」
だって夜が来て明けて朝になって、お日様が昇ってまた沈んでもずっとずっとこうやって抱き合っていたら、二人ともごはんが食べられないでしょう?
くすくすと笑いながらそう言うと、リチャードもぷっと吹き出した。
「そうだね。それは大変だな」
じゃあずっとは無理だねと互いに笑い合い、ぴったりと身を寄せたまま戯れる。猫が懐くような仕草で胸元に擦り寄ると、柔らかな口づけが額に落とされた。そのぬくもりがとても心地よかったから、「もっと」とわがままを言ってみる。
「君がそう言ってくれるのなら、いくらでも」
言うなりぐっと引き寄せられて、顔を上向かされ唇を塞がれた。何度も繰り返し啄まれると、胸がどきどきしてきゅんと切なくて、それから少しだけ苦しくなってしまう。でもそれはちっとも不快ではなくて、むしろ嬉しくてふわふわ舞い上がるような、幸せな気持ちになるもので。
瞑っていた目をそっと、薄く開く。それを感じ取ったのか、金色の長い睫毛が微かに揺れて、切れ長の瞳が現れた。
「もう満足、かな?」
くすりと低く笑って問われ、瞬きひとつしてちょっと考える。
「……もう一回」
囁いて今度は自分から、間近にある唇を塞ぎに行った。
温かくて嬉しくてとても幸せで、時々苦しくて胸がいっぱいになる。
この感情の名前をなんと呼ぶのか、もうわたしはちゃんと知っている。
- 2011/06/12