半分は優しさでできています
瀕死の魔物に斬りつけた途端、耳障りな警告音にも似た咆哮が上がった。まずい、と思ったが咄嗟に下がるまでに僅かの間が空いて、その一瞬に魔物の体が膨れ上がる。慌てて防御の態勢を取ったが間に合わず、自爆に巻き込まれて派手に吹き飛ばされた。
「くっ……!」
地に叩き付けられた衝撃に息を詰め、歯を食いしばってどうにか耐える。次いで手をついて身を起こそうとしたところで、脇腹に走った痛みに体を折った。首を捻ってその場所を見遣る。裂けた服から露出した肌が、浅く削られてじわりと血が滲み出していた。今の爆発でやられた、らしい。
顔を上げて周りを見回すと、視界の端に倒れた人影があった。目に鮮やかな青の服。その傍らにシェリアさんが跪いていて、治療の術をかけているのが見える。
(あちらの方が重傷だな)
苦笑して右手を傷口に当てる。幸いこちらは大した傷ではないから、自力でもなんとかできるだろう。今倒れているその彼から学んだ解毒の術は、僅かながら傷を癒す効果もあった。
呪文の詠唱を始めながら、先ほど手放してしまった剣を探した。少し離れた場所に転がっているのを見つけて、後で拾わなければと思ったちょうどそのときに、小さな手がそれを拾い上げた。釣られるように視線を上げたら、真正面から目と目が合う。
「リチャード、怪我してるの!?」
拾った剣をまた放り出して、はっとした様子のソフィが駆け寄ってきた。目の前まで来るなりしゃがみ込み、見せてとやや強引に手を退かされる。出血は止まったもののまだ塞がってはいない傷を一瞥すると、すぐに両の手が翳されて、そこから白く温かい光が発せられた。
「すぐ治すからね」
「ありがとう。でも大したことはないから大丈夫だよ」
「だめ!」
安心させるつもりで言った言葉に、思いの外強い否定が返る。驚いて見上げた表情は真剣そのもので、本当に大したことはなかったのだけど、それ以上何も言えなくなった。自分で施した応急処置とは比べものにならないスピードで、見る間に傷が癒えていく。
「これでもう大丈夫」
白い光が収まると、もうそこにはなんの痕もなかった。裂けた服だけは戻らないけれど、生々しい傷跡は綺麗に消え失せている。引き攣れたような痛みもない。
「助かったよ、ソフィ。本当にありがとう」
今度は苦もなく体を起こしながら、微笑んで心からの感謝の意を示した。どういたしましてと言った彼女も、安堵したように柔らかく笑ってくれる。
「怪我したらちゃんと言わなきゃだめだよ」
「そうだね。でも今は、シェリアさんは忙しかったようだから」
僕は後回しでいいと思ったんだ。
気がついたらしいヒューバートを囲み、賑やかに騒いでいる仲間達を眺めて苦笑する。それは別に自己犠牲だとか良心の呵責とか、そういうどろどろした感情に基づく思考では全くなくて、単純に重傷者が優先というだけの至極合理的な考えだったのだけれども。
「だめだよそんなの!」
彼女はそうは受け取らなかったらしく、可愛らしく頬を膨らませて怒られた。
「シェリアが忙しかったらまたわたしが治してあげる。だからちゃんと言わなきゃだめ」
念を押すように言ってじっと見つめられる。その大きな瞳に浮かぶのは、くすぐったいほどに真摯な好意とそれ故の心配だ。
「……うん。そのときは、また君にお願いするよ」
否定なんてとてもできなかった。嬉しくて少し恥ずかしい、素直な感情のままに淡く微笑む。こんなにも優しい君を今ここで抱きしめたいと、思うのは罪ではないはずだと信じたい。
- 2011/06/11