healing lullaby
胸が焼けるように熱かった。目の前で父の命を絶った刃が、上段に振り上げられ緋い軌跡を描く。そのまま袈裟懸けに斬られて為す術なく地に沈み、血に染まる視界の中で哄笑する叔父の歪んだ顔だけが、いつまでも瞼に焼き付いて離れない。
やがて暗闇に浮かぶその顔が、別人のものに変化した。名も知らぬ一人の男、だが身につけた鎧はウィンドルの正規軍に属する者であることを示していた。その手には一振りの剣が握られている。ほんの一歩動けば避けられた。けれどそれすらもできぬまま、迫ってきた男の剣に腹を貫かれた。背中まで突き抜けた刃が抜かれると同時に、鮮血が噴き出すのを生々しく感じる。
「……う、ぁ……っ」
痛い。苦しい。熱い。助けて。
入り交じる感情を制御できず、無様に地に伏してのたうち回る。自分が今どこにいるのか、何をしているのか、そんなこともわからずただ救いを求めた。
――リチャード、どうしたの? 苦しいの?
不意に懐かしい声が聞こえた。温かくて優しい、ひどく耳触りのよい響き。姿は見えなかったけれど、必死に声のした方へと手を伸ばした。ばらまいた自身の血溜まりの中、それだけを頼りに縋るように。
――大丈夫だよ、わたしはここにいるよ。
柔らかなぬくもりがその手を捉えた。そっと包み込むように触れられて、そのあたたかさに涙が溢れそうになる。もしもこの手を離してしまったら、きっと今度こそ闇と血の織り成す二色の世界に、ずるずると引きずり込まれてしまう。
襲い来る不安に呼応するように、焼けつく痛みが再来した。叔父の笑い声がぐるぐると周囲を廻り、腹から溢れ出る血液は止まらず拍動に合わせて迸る。
不思議と死への恐怖はなかった。しっかりと手を握ってくれている彼女のぬくもりが、守ってもくれていたのだろうか。ただ痛みだけは耐え難く、熱く狂おしく疼いて頭がおかしくなりそうだった。果てしなく息が上がっていく。いっそ止まってしまえば楽になれるのに、決してそうはならなかった。
――痛いの?
再び降ってきた声に、心配そうな色が宿る。言葉で答えを返すことも、頷くこともできなかった。救いを求める心のままに、縋りついた手をきつく握り締めるだけ。
――大丈夫。大丈夫だよ、心配しないで。
握り返された手のひらに、ほわりと温かい何かを感じた。それは小さな光となって、闇に沈む世界を白く照らし始める。同時にあれほど激しかった痛みが、すっと引いていくのがわかった。
――再生を願うは我が真なる祈りなり。光よ形を宿し、具現せよ……!
眩しい、と思った。
暗闇は光に駆逐され、纏わり付く血が洗い流されていく。きらきらと粒子のように舞う燐光が、身を苛む苦痛の全てを浄化していくかのようだった。そしてそうなってみてやっと、全てがただの幻であったと――現ではない悪夢に過ぎなかったのだと、今更に理解することができた。
――これでもう痛くないね。
ああ、もう大丈夫。君のおかげだよ、ありがとう。
その言葉を現実の僕がきちんと言えたのかどうか、それは定かではないけれど。
――おやすみ、リチャード。
そっと額に触れたあたたかな温度だけは、夢ではなかったのだと信じていたい。
- 2011/06/08