衝撃は突然に。
天気もよく風も強くなく、快適な温度で過ごしやすい日の穏やかな午後。柔らかな日差しがほわほわと通りを照らしているその中で、目の前を歩いている人影はふたつ。
「わたしね、新しいジョウロがほしいの。前に来たときに可愛いのが売ってたんだ」
長い髪をふわりと遊ばせて、微笑みながら言ったのはソフィ。家にあるジョウロは長年使い込まれた代物で、先日遂に底に穴が空いた。まだなんとか騙し騙し使えてはいるけれど、この折に買い換えるのも悪くないだろう。
「それじゃあちょっと見に行こうか。どの辺りにあった店なんだい?」
これ以上ないほど優しい声色で、にこやかに応じたのはリチャード。このバロニアはウィンドル国王である彼のお膝元だから、店の名でも言われればそれだけでわかるのかもしれない。
「ええと……商店街の南の方。道具屋さんの近くだったと思う」
「それならそんなに遠くないね。探してみよう」
「うん、ありがとうリチャード!」
なんとも和やかなやりとりで、当面の目的地が決まったらしい。こちらもそれに対して異議はないし、微笑ましくていいことだと思う。思うけれども。
「……なあ」
二人の真ん中、そのすぐ後ろから。低く呼びかけた途端、ぱっと両方が振り返る。
「なんだい?」
「なあに?」
異口同音に問いかけられて、一瞬なんと答えるか迷う。けれどどうにか気を取り直して、ずっと気になっていた『それ』を指摘した。
「二人とも……なんで手を繋いでるんだ?」
ソフィの右手とリチャードの左手。こうして並んで歩き出したときからずっと、勿論今もしっかりと繋がれている。否、それだけならば別に気にしない。相変わらず仲がいいなあと思っておしまいだ。でも今日に限っては、絶対にそれだけでは済まされない。
「しかもその繋ぎ方! なんていうか、その……おかしいだろ!?」
互いの指をそれぞれの間に、絡め合わせるようにして手のひらをぴったり密着させる。それはどう考えても友達同士がすることではなく、もし仮にこれが俺とリチャードだったなら、どんなに仲が良くても親友でも、即座に振り解きたくなること請け合いだ。教官やヒューバートが相手でも遠慮したい。では俺とソフィならいいのかというと、これもまたなんだかよろしくない、気がする。
「どうして? おかしくないよ」
「どうしてって、だってそれは……!」
不思議そうに首を傾げるソフィに、なんと言ったものかと頭を捻る。ところが二の句を思いつく前に、あのねと繋いだ手を差し出された。
「これはね、恋人繋ぎっていうんだよ!」
へえそういう名前だったのか。とついうっかり頷きそうになってから、慌てていや待てと思い直した。名称なんてどうでもいいのだ、問題はそれをすることそのものなのであって!
「付き合ってる恋人同士しかしちゃいけないんだよ。教官が言ってた」
「教官、また何を教えてるんですか……って、そうじゃないだろ!?」
「アスベル、そう興奮しないで。一体どうしたんだい?」
「どうしたもこうしたも……なんでお前とソフィとが、その『恋人繋ぎ』とかってのをしてるんだよ!」
恋人同士しかしちゃいけないかどうかはさておいても、普通そういった間柄にある人間しかしない行為だとは思う。なのに何故、それをこの二人が堂々としているのか。俺が問いたいのはその一点で、きちんとした説明が是非とも欲しい。
「大体ソフィ、付き合ってる恋人としかしちゃいけないのなら、なんで付き合ってないリチャードとしてるんだ?」
そう、二人は友達のはずなのだ。勿論俺も。恋人ではなく、仲の良い友達。なのだけど――。
「付き合ってるよ?」
まるで当然のことのように。
なんで知らないのとでも言わんばかりに、平然と言われて目が点になった。
「……えっ?」
まさか冗談だよなと一縷の希望を込めて、無言のまま隣のリチャードを見遣る。しかしこちらもそれがどうかしたのかと言うように、小首を傾げてほわりと微笑むだけ。
「ね、リチャード」
「うん。この間からね」
「え……えええっ!?」
ソフィもしかして言ってなかったのかい、ううんシェリアにちゃんと言ったよ。おかしいな、じゃあシェリアさんが言うのを忘れたのかな? ――そんな間延びした会話がのほほんと、目の前で穏やかに為されている。でも俺は、それに異議を唱えることはおろか、割り込むことすらできなかった。何故なら完全に思考が停止して、行動不能に陥っていたから。
「アスベル? どうしちゃったの?」
「おーい、アスベル……だめだな、反応がないよ」
ひらひらと振られたリチャードの右手が、見えていなかったわけではない。ないけれど、それに言葉であろうと動作であろうと、何かしらの返事をする余裕は皆無だった。
- 2011/06/06