愛々傘

 出先から宿への帰り道。扉を開いて出た外は、いつの間にか降り出した雨がざあざあと派手な音を立てていた。手元にある傘は一本きり、同じ宿へと帰るのは二人。
「なんか、前にも似たようなことあった気がするねぇ」
「あー、確かにな」
 思わず顔を見合わせて、どちらからともなく破顔して言った。ただひとつ以前と違うのは、一本だけの傘の持ち主。
「……相合い傘、する?」
 どうせこの状況で、濡れて帰れとは言えないから。
 気恥ずかしいのは見て見ぬふりで、控えめな声で申し出る。返事は勿論、聞くまでもないことだろうけど。
「そー言われてしない理由がないでしょーよ?」
 案の定、満面の笑みで答えられた。無意識に頬が赤らむのは不可抗力と諦めて、手にした傘をぽんと開く。
「それじゃ行くよ」
 こちらから手を出して繋ぐのは、流石に恥ずかしすぎてできなかった。せめて代わりにと声をかけ、その場を動かず入るのを待つ。しかし相手はやはりというかなんというか、こちらより一枚上手だったようで。
「はい、これでおっけー」
「え、ちょっ……!」
 するりと入り込んだ傘の下、自然な動きで腰を抱かれた。突然の接触に慌てても、狭い傘の中では暴れられない。
「ほら、行こうぜ?」
 当然のように笑われて、もう何も言えなかった。

 雨の中寄り添い合って歩きながら、ひとつ気づいたことがある。
「こうしてれば、二人とも濡れずに済むんだね」
「ん? なんか言った?」
「……ううん、なんにも」
 ごく小さな呟きは、雨音がかき消してくれたのか届かなかった。
 たまには助かることもあるねと、一人考えてから少し笑った。

 

それなりに時間が経っておつきあいするようになってから…という感じで。

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