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雨が降っていた。
土砂降りというにはほど遠いが、小雨とも言えない程度の陰雨。
そういえばあいつが見当たらないと、聞き慣れた雨音の中に低い唸りが混じってやっと気がついた。
「おーい。何やってんの、そんなトコで」
ごく軽く声を掛けたその相手は、傘を持ち合わせていなかった。当然の摂理としてびしょ濡れになっている彼女は、一体いつからこうしていたのだろう。髪も服も吸えるだけ水を吸い込んで、じっとりと湿りぽたぽたと滴を垂らしている様を見れば、それが短い時間でないのは明らかだった。
「しーいなー?」
もう一度、今度は名前を呼び掛ける。返事がないどころか微動だにしないその背中は、何もない鈍色の雨空をただじっと見上げていた。
「……あのなぁ。いくらおまえがバカだっつっても、そんなに濡れてちゃ風邪ひくでしょーよ」
早く戻って風呂に入れよと、ややきつめに言っても尚応えはない。舌打ちして手を伸ばしかけた刹那、ぴしりと空に閃光が走った。追うように耳に届いた轟音に、細い背中がはっきりと竦む。
「しいな」
数秒、或いは数十秒。待てども答えない彼女に、業を煮やしてもう一度呼ぶ。
「しいな、いい加減に」
「――、って」
更に言い募ろうとした言葉を、遮ったのはか細い声。
「え?」
ほとんど聞き取れなかった内容を、反射的に問い返せばほんの少しだけ、張り詰めた空気が解れていく。彼女は一度僅かに俯いて、そしてそれからまた空を見上げて。
「こうしてれば……慣れるかと、思って」
まるで他人事のような乾いた声は、半ば放心状態にあるせいか。気付かれないように溜息を逃がし、もう一度伸ばした手で腕を掴んだ。そのまま引いて振り向かせた彼女は、予想通りの酷い顔をしている。
「帰るぞ」
告げるなり、無理にでも連れ帰ろうと手を引いた。
「……や、だ」
やっと返ってきたまともな反応は、弱々しいながらもはっきりした拒絶。ああもう、こいつはまたろくでもないことを考えてるな。
「なんでよ」
不機嫌も露わな一言に、彼女はただいやいやと首を振るばかり。その間にもまた走る閃光、少し近づいた雷鳴に、あからさまに怯えているくせに。
「ったく、アホしいなが」
毒づいて強引に引き寄せた。両腕にすっぽり収まった体は、寒くもない季節だというのに冷え切って小刻みに震えている。
「んなコトで慣れるわけないだろーが。とっとと帰って風呂入って、添い寝してやるから早く寝ろ」
包み込むように抱きながら、出来るだけ優しく言い聞かせて。
ほら風邪引くぞと促すと、やっと小さく頷いてくれた。
- 2010/06/25