021 - 025

21.今来むといひしばかりに長月の 有明の月を待ち出でつるかな

 久しぶりに手紙を貰った。いつも連絡もなく突然やってくる癖に、珍しく『もうじき会いに行く』なんて書いて寄越したから、なんとなく部屋を片づけて、花を生けてみたりもした。もうじきというのが一体いつまでのことなのか、文面から察するには数日中というのがそれらしい。けれどもう、十日以上が空しく過ぎた。
「ま、仕方ないけどね」
 一人呟いては溜息を吐く。
 ちょうど一週間ほど前に、王都で少々ややこしい問題が起きたと聞いた。政治関係のことだから、こちらにはこれといって影響はない。しかし彼の方ではそうもいくまい。
「一言、言ってくれればいいのにねぇ」
 夜明け間際の月影を見上げ、膝を抱えて首を竦める。詫びの手紙も出せないほど、忙殺されているんだろうと想像はつくから責められない。待ち侘びた逢瀬にお預けをくらったのはあちらもだから、嘘吐きなんて言えないし。
 でももしかしたら、今日こそは。期待してしまうとつい眠りにつくのが惜しまれて、おかげさまで今夜もあたしは待ち惚けだ。

 

22.吹くからに秋の草木のしをるれば むべ山風を嵐といふらむ

「きゃっ!」
 前触れなく巻き起こった突風に、吹き散らされた草木が舞う。突然のことに驚いたしいなが小さく叫び、こちらも盛大に掻き乱された髪を押さえた。
「っとと……すげー風だな、今の」
「びっくりしたよ、風と一緒に草まで飛んで来たもんだから」
 服についた葉を掌で払い落としながら、ふと見やった先にあるものが目についた。
「なあ見ろよ、そこの草むら。今の風ですっかり萎れちまってるぜ」
 強い風に吹き倒され、すっかり荒らされて色褪せた緑。まるで来る冬に先立ち、鮮やかな夏の名残を消し去るが如く。
「山に風と書いてあらしって言うのも頷けるね」
 嵐は荒らし。成る程、わかりやすい話だと言えるだろう。
「言い得て妙、ってヤツかもな」
 納得して同意を示しつつ、黒髪に絡んだ木の葉を取ってやろうと手を伸ばした。

 

23.月みれば千々に物こそかなしけれ 我が身ひとつの秋にはあらねど

 仲秋の名月という言葉もあるように、秋の夜の澄み切った月は美しい。
 緑鮮やかだった木々や草木が、次々に紅や黄に変わりそして枯れ落ちてゆく。空気は日々冷たさを増し、終焉を感じさせる冬の様相へと移ろう。無論それで終わりではなく、やがて春になればまた全てが一斉に芽吹いて生命の力強さを感じさせてくれるのだけど。それでもやがて雪に沈み音の絶える世界を思えば、まず先立つのはこの喩えようもない物悲しさだ。

(こんな夜は、なんだか人恋しくなっちまうね)

 まだ肌寒いからだと言えるほどには冷え込まない、過ごしやすい涼しさの宵。だからきっと、こんな風に思うのは秋のせい。

(たまには会いに行ってみようかな)

 きっと遠く華やかなりし王都でも、この哀しさは同じだろう。だって秋は、あたし一人に来るわけじゃないのだから。

 

24.このたびはぬさも取りあへず手向山 紅葉の錦神のまにまに

「よく見つけたねぇ、こんな場所」
「だろ、メルトキオの周りでこれだけの紅葉が見られる場所なんて、ちょー穴場スポットでしょ?」
「うん、あたしもここは知らなかった。綺麗だねぇ」
「昨日見つけたばっかなのよ。タイミング良く盛りだなんてさっすが俺さま!」
「最近は仕事頑張ってるからその御褒美かもね。……ああ、でもそういえば」
「ん? なによ」
「今日はあたし、庭の花が綺麗だからって呼ばれたような気がしたんだけど。そっちは?」
「……あ。やべ、花束にして持ってこようと思ったのに忘れてた」
「あはは、あんたらしくないね。珍しいじゃないか」
「俺さまとしたことが……。あれはあれで綺麗なんだぜ? まあでも時期的にはもうちょっと咲いてるはずだから、今日は代わりにこの錦の如き紅葉をお納め下さいませんか、お嬢さん」
「そういう気障なのはやめとくれよ、蕁麻疹が出そうだ」
「ひでーなー、精一杯の礼儀を尽くしてるってのに」
「しょうがないだろ、事実なんだから。でもそうだね、これも綺麗だから満足だよ。ありがとね」
「気に入ってもらえて嬉しいよ、俺さまの可愛い子猫ちゃん」
「だーかーらー! そういうのやめなって言ってるだろっ」
「いってー! だからって殴ることないでしょーよ、もー!」
「綺麗な景色は黙って見る!」
「へーい……」

 

25.名にしおはば逢坂山のさねかづら 人に知られでくるよしもがな

「ねー、なんでダメなのよ」
「駄目なものは駄目。何度言っても駄目っ」
「ちぇ。いーじゃないのよ、折角ひとつ屋根の下で寝られる貴重な機会だってのにさー」
 諦め悪く粘っても、つんと横を向いた彼女が受け入れてくれる様子はない。これ見よがしに長い長い溜息を吐き、がっくりと肩を落としてみせた。
「メルトキオじゃフツーに俺さまの部屋に泊まってるくせに」
 その度に少しずつ置きっぱなしの私物が増えて、今や俺さまの部屋には女物の生活用品がごろごろしているくらいなのに。
「そうは言うけどね、この家にはおじいちゃんだって同じ棟に住んでるんだよ? いつ何時急な使いが来ないとも知れないし、結婚もしてない男女が同じ部屋で寝るなんてとんでもないの!」
「結婚ねぇ……。そんなのしてよーがしてまいが、やってることは一緒じゃないのよ」
 ミズホの流儀的には一応、嫁入り前の女に手を出すのは御法度らしいというのは知っている。思いっきり違反している自覚もあるが、情報力に長けた彼らにまさか隠し果せているとは思わない。それでも責められたこともないのだから、半ば容認されていると見るのが普通なのではないのだろうか。
「一緒なもんかい、外泊先で何してようと見て見ぬふりもできるけど、里のど真ん中のこの家でそんなふしだらな真似できるわけないだろっ!」
「メルトキオではいーのにミズホになるとふしだらときますか。おまえの貞操観念ってよくわかんねーの」
「と……とにかくっ! この家に泊まるんなら別々の部屋! 一緒の部屋では寝られないの、わかったね!?」
「へいへい、わかりましたよーっと……」
 花顔を真っ赤に染めて、必死に言い募られれば頷くしかない。非常に不本意ではあるが、家主の意向に逆らうわけにもいかないし。
「はー、誰にも知られずにこっそり通う方法でもあればなー」
「毎度レアバードで乗りつけるんじゃ、こっそりも何もありゃしないだろ」
「だからそーゆー方法があればねってこと。夜中にこっそり来て夜這いしてからまたこっそり帰るの。それならわかんないからおっけーでしょ?」
「別に気づかれなければいいってわけじゃないよ……」
 堂々と周りを気にせず愛し合える機会が少ないのは、お互いの忙しさもあるがそれ以上に、彼女がそうそう里を離れられない身分だからだ。頭領が仕事以外の理由で不在がちだなんてのは宜しくない。だからこそ、こちらが多忙な仕事の合間を縫っては通い詰める習いになっている。
「……俺さまもそろそろ、年貢の納め時ってヤツなのかもなぁ」
 待つしかない身も辛かろうが、恋しさに耐えてやっと会いに来た先で独り寝を強いられるのもなかなか苦しいものがある。ならば手っ取り早く、この現状を打開するには。
「なー、しいな。おまえってやっぱ婿取り予定? 頭領が嫁に行っちまったらまずいよなぁ」
「い、いきなりなんの話だい? 嫁だの婿だの、そんなのまだ考えてないからわかんないよっ」
 焦って後退りながら、あわあわと狼狽えるしいなにずいと迫って。
「じゃあ今からちゃんと考えといて」
 至近距離から、目と目を合わせて囁いた。

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